Please.please marry



「だからじゃ、そのうぉ〜」
 と一メートル向こうに腰を下ろしているギルモア博士はそう言って、俯いた。
 メンテナンスでギルモア邸滞在中に、コズミ博士に呼び出された。いつもの如く碁の相手である。別に、俺も碁は嫌いではないし、コズミ博士のとらえ様のないまるで蒟蒻のごとくつるりとした人柄に、何処か惹かれるものを感じていた。
 何にせよ、コズミ博士から学ぶことは沢山ある。
 しかしだ。
 しかし、コズミ博士に呼び出されて出向いてみれば、ギルモア邸とコズミ邸は車で3時間程度の距離にある、長距離でトラックを転がしている俺にしてみれば、どうってことはない距離だが、呼ばれればどうしても1泊の滞在となることが多かった。
 で、コズミ博士はギルモア博士が俺に大切な話しがあると言うのだ。
 だったら、地下の研究所で話しをすればよい。
 あそこはさすがのフランソワーズの目と耳も通用はしないのだ。その為のシールドが一応は張られている。内緒話しの出来ないギルモア邸で唯一、話しの内容は漏れないが、ただし、二人っきりで篭って何やら密談をしていれば、内容は漏れなくとも密談の事実は暴露されちまうってことか。
 とそう考えて博士を見ると、まるで好きな相手に恋の告白でもするようにもじもじとしている。
 まあ、博士が俺にラブっなんてことはこの世の終わりが来てもないことだろうが、博士の態度はかなりおかしい。
 コズミ博士の用意してくれた、茶器に乗った甘納豆を口に放り込み、俺は掘炬燵の中で組んでいた足を組みかえる。やはり甘納豆は岡女堂のつゆ甘納豆に限る。つい、手が出てしまい、つゆ甘納豆は数粒しか残ってはいなかった。
 つまりそれくらい長い時間俺は博士と向き合っているのだが、先刻から全く話しが進展しなかった。酒でも飲ませてゲロさせようかと思うが、ギルモア博士は酒を呑むと寝てしまう。
 ビール2杯で幸せになれるという安上がりな体質だ。
 1杯で上機嫌になり、2杯目でかなりテンションは上がる、そして、数十分騒いだ後に子供が躯を丸めて眠るように、その辺りで行き倒れになる。だいたいその面倒を見るのはジョーの役割なのだが、今飲ませると緊張を解そうと際限なく飲んでぶっ倒れそうな気配だ。
 ギルモア博士に何かあったら、博士至上主義のジョーに何をされるかわかったもんじゃない。納豆ご飯に大量の辛子で済めば、まだ笑い話しにしかならないが。と、俺がつらつらと日頃のジョーの博士の過保護ぶりを思い返していると、そんな俺を博士は伏し目がちに伺っていた。
「ドイツの生活はどうだね」
「ああ、それなりですよ」
 これじゃ、会話が続かないが、どう答えろって言うんだ。俺が長距離のトラックを転がしていて、独り暮らしで、それを満喫してることは博士が一番知ってるはずだ。心配症の博士の為に俺達00ナンバーは定期的にギルモア博士に連絡を入れるようにしている。
「あのな。恋人とか、好きな人は…」
 顔を真っ赤にしてそう聞いてくる。
 あんた幾つだとは俺はもちろん突っ込みはいれない。博士はそれは研究熱心な科学者で、妙に世間ズレしていて、裏社会には詳しいしそういういらんことは沢山知ってるのだが、どういうわけか普通の日常生活に非常に疎かったのだ。
 つまり、恋愛をしたり、友達の喧嘩したりと言う当たり前の行為をあまり経験してはいないし、日常生活における知識に異常な偏りがあった。
 先日も、チーズの成分を見ていた博士は突然、『そうかぁ、チーズは牛の乳から出来るんじゃな』と今時、幼稚園児でも知ってることを知らなかったりするのである。まあ、それはそれで、博士の良いところであり、俺達にとっては保護者である博士の愛すべき一面なのだ。
 そのことについて別段、俺は何も言わないが。
 で、何が言いたいんだ?
 ギルモア博士。
「まあ、この躯じゃぁ、恋愛を楽しむわけには如何でしょう」
 と当たり前の答えを返すと、博士は惨く傷付いた顔をする。時折、失念してしまって失言してしまうのだが、博士は俺達を改造してしまったことに深い悔恨を覚え、いつも自分を責めている。
 俺はもう博士を責めるつもりもない。
 ただ、この躯であることを全て受け止めて運命と諦めているわけではないのだが、でも、博士に対しての恨みはない。俺達と共にBG団を逃げ出した段階で俺の恨みは氷解している。
 けれども、普通ではないということに対してのストレスがなくなるわけではない。そこをちゃんと伝えられないのはもどかしいが、全員が多かれ少なかれ博士に対してジョーを除いては思っていることだ。
「すまん」
 俺は間が上手くとれなくて煙草に手を伸ばした。火を点けて煙を噴出しながら、どうしようかと天上に視線を漂わせながら考える。博士は何か重要なことを言いたくて俺を呼んだが、なかなか切り出せない。
 だとすれば、俺から促すしかないのだが、その話しの方向性がさっぱり…なのである。新たな改造計画?いやだったら、こんな場所での密談は必要ない。メンバー間で不仲が生じていて、そのことで相談。だったら、こんなに言い澱んだり、恥らったりする必要はない。ひょっとしてフランソワーズとの間に子供でも出来たかといらんことを考えて、ありえるはずもない下世話な想像に俺は頭を振った。
 俺がいる会社はどういうわけがその手のゴシップ雑誌が置いてある。時間を潰したり休憩をしたり出来る一角に山と積まれていて、つい暇つぶしに読んでしまったのが、いけないのだろう。
「002、いやジェットのことをどう思う」
「どうって…」
 今度は俺が返答に困る番であった。
 002いや、ジェットは可愛い。
 そりぁもう、あんなこともこんなこともしてみたいくらいに可愛い。出遭った当初は小汚い野良猫だったが、今じゃあ、可愛い子猫ちゃんなっているが、如何せん俺の…とつけられないのが、惜しいところなのだ。
「ジェットが、やつが何かしでかしましたか?」
 これぐらいしかギルモア博士の話しの方向性が分からない、あいつが何かしてギルモア博士は悩んでいるのだろう。はっきり言って博士はジェットには甘い。ジョーがヒステリーを起こすほどジェットには甘い。孫にベタアマな祖父ぐらいはジェットには甘いのだ。多分、岡女堂のつゆ甘納豆ぐらいには甘い。
 ジェットもそんな博士に祖父の如く懐いている。ジェットの台詞のギルモア博士の部分にじいちゃんとルビを振っても二人の会話には何等違和感がないのだ。
 まあ、それはそれで、微笑ましい光景だ。
 俺は博士に嫉妬するまでおちぶれちゃぁいない。
 まだ、俺のとは言えねぇが、いつかは俺の言えるようにそれなりに鈍感なあの馬鹿にアプローチをかけてるつもりだ。
 ジェットのことなら、腰を据えて聞かねばと俺は煙草を灰皿で揉み消すと、ギルモア博士に向き直った。
 ジェットが何をして、どうしてギルモア博士が俺に話しを持ちかけようとしたのかとくと聞かせてもらおうと、質問の語彙を選んでいる最中に、突然博士は炬燵から昔の漫画の如く飛び出し、畳に正座をして俺に向かって頭を下げた。
「頼む」
 だから、何をだっちゅうのとは言わない。
「ジェットと、結婚してやってくれ」
 博士は畳みに頭を擦り付けんばかりにして頭を下げる。必死の形相だったてぇのは見なくとも分かる。その姿はコミカルで博士は必死なのだろうが、俺はどうしてか微笑ましい気持ちになっていた。
 全く、博士はジェットのこととなると甘い・・・・。
「結婚????」
 結婚?
 誰が、誰と、いや俺がジェットと、いやいやジェットが俺と?とこの場合は嫁はどっちだ?俺は嫁はごめんだ。例え家事が全く出来なくとも、俺はジェットを嫁に貰う。
「誰が?」
「君がじゃ」
 一気に胸に支えていたものを吐露してしまったせいか博士は妙にすっきりとした顔をしている。炬燵から出て畳みに正座しているスタイルはそのままだが、頭を畳みに擦り付けてはいないし、瞳は真っ直ぐと俺を見ている。
「博士、とにかく、炬燵に入って」
「そうじゃな」
 と博士はよっこらと炬燵に入ってことの成り行きを語り始めた。
 この切り替えの早さは立派だ。でないと一筋縄ではいかない俺達とは付き合えないらしい。いちいち悔やんでいたら脳みそが幾つあっても足りないだろう。
「ちょうど、3ヶ月程前のことじゃ」
 3ヶ月前と言えば、確かジェットが調子が悪いと言い始めた頃だ。
ジョーと心中まがいをやらかしたあの馬鹿は、あん時、俺がどれだけ悔しい思いをしたのか、あいつが助かったって分かった時、馬鹿みたいに泣けたのかあいつは知りはしないが、あの時は俺は後でも思い返しても恥ずかしいくらいとっちらかっていた。
 グレート曰く、ジュリエットが死んだと知った時のロミオぐらいのうろたえ様だったらしい。まあ、それは置いておいてだ。
 無事に一命を取り留めたヤツは博士とイワン、献身的な看護をしたフランや俺、そして仲間のお陰で日常生活に支障がない程に回復を見せた。そして、戦闘にも耐え得る状況だとの博士の許可を貰って、NYの古巣へと帰っていった。それから2ヶ月ぐらいしてからとたんに体調がかんばしくないと頻繁にギルモア邸を訪れるようになった。
 なに、奴の飛行能力をもってすればNYからギルモア邸まではたいした時間ではない。
「調子が悪いと」
「そうじゃったが、躯には全く異常はなかった。だからして、わしとイワンはメンタル的な部分に何かあるのだろうと思い。当分は様子を見ようと、ジェットの好きにさせておったのじゃ。ある夜。随分、遅いいや、早朝とも言うべき時間で、わしは徹夜で研究をしていて、一区切りついたので散歩に出掛けたのじゃ。出掛ける時は家が背中ごしだったのでわからなんだが、帰ってきた時に、おまえさんの部屋にジェットの姿があったんじゃよ。ベルリンの方向を見て、毛布を頭から被ったまま、窓枠にまるで鳥が止まるかの如くに座って、ただ只管、お前さんが暮らしているだろう方向を見詰めておった」
 そこまで言うと、博士は冷めたお茶を口にした。
 俺は2本目の煙草に火を点ける。
 俺と博士の間に、再開との徴の如く、煙がゆったりと流れていく。
「そして、一言、お前さんの名前を呟いたのだ」
 博士は深い溜息を吐く。
 そして…。
『アル、愛している』
 とそう呟いた。と博士は言う。
「ずっと、見ていて気付かなかった自分が情けない、もっと早く気付いてやれば、あんなに辛い思いをさせずにすんだのではと、調子が悪いと言って来た時、それがジェットの恋の病だと。それにお前さんも決してジェットのことを憎く思っているわけではないじゃろ。結婚とは言わん、わしの先走り過ぎじゃ。いや、あの子を愛してやって欲しい」
「ええ、まぁ」
 俺はじっと俺の答えを待つ博士の視線を感じながらどうしようかと考える。
 博士に、何と答えるかだ。
 結婚とまではいかないが、取り敢えず一歩進んでステディなお付き合いをすることに俺には全く依存はない。しかも、博士のお墨付きってんなら、あいつもジタバタいわねぇだろうて、俺がどんだけの時間と苦労をかけてあいつをこっちに向かせたのかは、博士には内緒だ。
 長い年月の効果がようやく現れてきたってわけだ。
 セコイ手段だが、博士のバックアップは最大限に利用させてもらおうじゃねぇか。博士が見たいってんなら、後々は結婚式だってあげてやろうじゃねぇか。あいつも赤味の掛かった金髪に白いベールはよく映えるだろう。
 だが、一つ俺には長年抱えていた大きな切実な、疑問がある。
 俺とジェットがステディな関係になるのには、ぜひ聞いておかねばならない疑問だ。
 まあ、俺のナニが役に立つかどうかは自家発電で経験済みで立証されているが、俺の立派なナニ、いや、体格的に一番大きなジェロニモのナニと遜色のない俺のナニははっきり言って立派だ。それをジェットのあの細い腰にぶち込んでジェットが壊れたりしないかということだ。
 ジェットはその性能からして、男性メンバー中でもかなり耐久性が低い。
 それなのに俺がガンガン、優しくしてやれる自信もないし、つもりもないのだ。だったら、しない方がマシというやつで、突っ込んだら壊れやしないかが、俺の長年の疑問だったのだし、踏み込めなかった要因でもある。
「なあ、博士。俺達、あっちは大丈夫なんだろうな」
 と俺が中指を立ててそう聞くと、博士は子供のような満開の笑みの浮かべで身を乗り出した。それは俺がイエスと答えているも同じだからだ。
 そして、その質問に博士は水を得た魚の如く科学者の顔に戻って、いつもの口調で説明を始めた。
「大丈夫じゃ、キミたちの……」




 コズミ邸でのギルモア博士、アルベルト・ハインリヒ両名の密談は明け方まで続けられた。翌日、眠そうな目を擦りながらも妙に晴れやかな顔のギルモア博士と至極機嫌の良い不気味なまでににこやかなアルベルトの顔が見られたということは言うまでもないであろう。





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The fanfictions are written by Urara since'03/03/07