束の間の安息 in New York



「ちっ…」
 すきっ腹を抱えたジェットはどさりと痩身をベッドの上に落下させた。今時の若者の一人暮しにしては、私物が少ない事を覗けばよくある部屋であった。
 この街に帰って来てから、もうどれくらい経ったであろうか。
 一人の部屋に違和感を覚える自分に気付き苦笑する。
 料理番組を見ながら兆戦した料理はフライパンを焦がしただけで終わり、その焦げ臭い匂いを逃がす為に開け放った窓からはNYの風景が見えるが、それは彼の知っていたNYの風景とは異なっている。いくつかの古いビルには見覚えがあったが、そのほとんどは取り壊されてしまっていた。そして、彼が住んでいた地区も綺麗に区画整理され、小洒落たアパートが建ち並ぶ若者に人気の一角へと変貌を遂げていた。
 アルミのゴミ箱から溢れ異臭を放つ生ゴミも、それに顔を突っ込む猫も、無造作に捨てられたハンバーガーの包みや、コーラ−の空き瓶、ガムや煙草の吸殻も落ちていない。彼の知っていた街は何処か薄汚れていて、煩雑としていて、娼婦や男娼、ポン引き、ギャング、社会の暗部に生きる人達が行き来し、住んでいたアパートの階段には、汚れた塵紙や、黄ばんだ新聞、コンドームが散乱していたりもした。
 綺麗になった街に違和感を覚える。
 結局、自分の生まれ育った場所に居を構えるのを諦めて、彼の記憶にある風景に一番近いこの部屋に、取り敢えずの居場所を定めた。
けれども、街にいる若者とも馴染めない。今のNYを知らぬばかりか何が流行っているかなど話しについていけないのだ。話しが合うのは、人生の終焉を迎えつつある老人ばかりである。
 自分が時間に取り残されているのだと痛感されられてしまうことが多過ぎた。
 こんなことならば、ギルモア博士の元にいればよかったとすら、思うことがある。いや、彼について行けばよかったのであろうか。異国での暮らしなら時間に取り残された存在であることを、こんな形で痛感させられることはないだろう。
 BG団との戦いが一段落して、ギルモア博士は親友のコズミ博士の薦めもあって日本に新たな居を定めることを決めた。いくつもの特許を持ち、BG団の中で暮らしていたギルモア博士は自分に入ってくる莫大な収入のほとんどに手をつけてはいなかった。ただスイス銀行に振り込まれるそれが勝手に0を増やしていくのに任せていたのだ。
 コズミ博士の家に一端落ち着いた一行は今後の身の振り方を話し合った。
 009は自分の故郷である日本にいるが、帰る場所があるわけではない。今では、父親とも祖父とも慕うギルモア博士と共に暮らすことを選んだ。そして、赤ん坊である001もギルモア博士が必然的に引き取る事になる。003もまた、ギルモア博士と001の身の回りの世話をすることを選び、日本に留まることを選択した。
 006もギルモア博士の薦めで日本に店を開く事になった。もちろん、準備資金をギルモア博士が用意して、コズミ博士が知り合いに頼んで開店準備をしてくれたのだ。
 他のメンバーは一様に、故郷に戻り普通の暮らしをすることを選択した。
 ただ、問題であったのは、002と004の二人であった。
 005、007、008は改造されてから然程時間が経っていない為、戸籍は残っている。ドルフィン号でこっそりと送り届ければ、ちょっと考える事があって行方をくらましていました。と云って誤魔化せるが、二人はそうはいかない。
 二人共BG団に誘拐されたのは、まだ世界が大きな戦争を経験して間もない時期であったのだ。彼等と共に生きていた人達は生きていたとしても既に老体となり、その時から自らの時間の止まっている002と004は会う事すら出来ない。
 二人の存在は既に、鬼籍に入ってしまっている可能性もあるのだ。
 従って、ギルモア博士はしかるべきこの事態を予測して、BG団にいた頃、暗黒社会に生きる人間との人脈を作っていた。彼等を通して、002と004の戸籍を新たに作らせたのである。
 全員が離れ離れになる前夜、ジェットは何度、ドイツに連れて行ってくれと、自分とアメリカに行かないかと、二つの誘いの言葉を飲み込んだか知れない。けれども、自分が一緒いるということは、BG団との戦いを、サイボーグとなった悲劇を思い出さずにはいられなくなってしまう。
 一瞬たりとも忘れる事が許されなくなる。
 彼の手は生身の人間とも、ましてや自分達とも違う。特殊な金属で作られた右手は鋼鉄の輝きを放っているし、人前では何があったとしても手袋を外せない生活だ。
 それは即ち、人と違うとことであり、人目を引く原因になる。其処にどう見てもアメリカ人の自分が一緒に入れば彼の故国であるドイツでは目立ってしまう。だから、アメリカに一緒に来ないかと言いたかった。この国は人種の坩堝だ。アルベルトが自分といたとしても目立たないし、ホモのカップルなど珍しくないこの街ならば、好奇の目もほとんどない。
 けれど、どうしてもジェットは口に出せなかった。
 どうしているのだろうと窓の外に視線を泳がせる。
 彼のことだ。真面目に仕事、おそらくトラックの運転手でもしているのであろう。自分が昔のように一定の職業を持たずにふらふらしているように、どんな過去であったとしても、其処で時間が止まっている彼等からしてみれば、生きていく術は其処にしかない。
 毎晩、ふらふらと夜の街を歩き、昔とった何とやらとサイボーグの強靭な肉体を活かして、ジェットは酒場の用心棒をしたりして、日銭を稼いでいる生活を続けていた。
 細身で、長身、海と空が交じったように鮮やかな青い瞳と、赤味がかった金髪を持つジェットは夜の街では女にも男にももてた。昔は、それが自慢の一つだったが、今は、言い寄ってくる連中が鬱陶しい。出掛けるのは、日々暮らして行く為で、そうでなければ、このままドイツまで飛んでいきたいとすら思う。
 でも、出来るはずもない。
「アル……」
 そっと名前を呼ぶだけで、腰の奥が疼いてならない。
 彼と最後に肌を重ねたのは、何時であったのかもう思い出せない。別れの前夜もただ黙って酒を飲んでいただけだ。一緒に居たいとの言葉を酒で無理に流し込んでいた自分がそこにいた。
 NYに舞い戻ってからも、幾度か女と寝たが虚しさは拭えないどころか、一度きりの関係だけで恋人気取りをする女のずうずうしさに嫌気が差しただけで、少しの快楽以外得ることは出来なかった。
 あの冷たい鋼鉄の手で、触れられる刺激が甦ってくる。
 彼のことを少し思うだけで、きつくなり始めたジーンズの前を寛げて自らの手を差し入れる。温かな自分の手を必死でアルベルトのものだと思い込もうとし、躯に刻み込んだ彼の感触を必死で探し、散らばった断片を掻き集めた。
 彼は何を思いつつ自分に触れてくれていたのだろう。
「あっ……」
 塩気の交じった風が頬を撫でる感触にすら、彼の熱い吐息を頬に感じる瞬間を思い出す。もう一方の手を潜り込ませて、小さな穴から溢れ始めた雫を掬い取り、そのまま自分の秘部へと塗り付けて、指を1本潜らせた。
 いつも、アルベルトはジェットの秘部を解すのに、左手を使ってくれていた。右手の指の方がマシンガンを内臓しているが故に太いのだ。傷付けまいとする彼の優しさがそんなところにも現れていて、それだけでジェットの躯は歓喜に震えるのだ。ジェットが強請るからその人目に曝す事を厭う右手を曝して、そそり勃つジェットのモノに触れてくれた。
『ジェット』
 ドイツ語訛りの英語で名前を耳元で囁かれれば、腰を浮かせて全てを彼の前に差し出していた。イントネーション一つで彼の欲していることが理解出来るほどに躯を重ねてきた。
 確かに、非常事態であったことは認める。
 彼等の日常から、時間から、社会から隔絶された環境で彼等が傍にいる者と躯を重ねる関係になったとしてもそれは恋愛ではないと言われれば、それまでかもしれない。最近、レンタルビデオショップで借りて見た映画の一説を思い出す。非常事態で結ばれたカップルは長続きしないと、確かに、非常事態が一段落した今、彼とは別の時間を歩いている。
 振り向いた時に、ニヒルに笑う彼の存在がないことを寂しい。
 後から抱き締められて、肩から背にそして感じる胸にあの鋼鉄の手を這わされて、痛い程に尖った突起を優しく、時には千切れるほど激しく愛撫される。耳元に囁きを落として、唇で首筋に軽いキスを落とされるだけで、背筋を甘い痺れが駆け上がっていく。
「っ……っふふっん」
 悦楽に溺れ始め、膝が笑い出したジェットのジーンズを膝まで脱がせ、白い足を露出させる。膝までしか下ろされないジーンズがジェットの足の自由を奪い、後からアルベルトに支えていてもらわないと立っていることすら出来ない。
 そんな彼とのセックスを思い出しながら、自分のジーンズを膝まで下ろす。足を広げられないから、子供がオムツを換えてもらう時のように膝を自分の胸へと引き寄せた。
 巧く秘部を貫けないもどかしさに焦れて、一度、自分の秘部から指を抜いた。そして、今度は背後に腕を回して、撫でながら双丘の狭間にあるその淫らな場所を指の感触だけで探り当てていく。
「うっ……んん」
 そして物足りなくなったとばかりに秘部に侵入させる指をもう1本増やし、強引に突き入れた。何度も出し入れを繰り返すと、くちゅくちゅと粘膜の擦れる音と自分の吐息がやけに部屋に響いた。
 彼に何度となく翻弄されて、乱れたかしれない。求める言葉を口にして、自ら足を開いて秘部を死神とあだ名される厳しい視線に曝し、腰を揺らして誘った。
 するとアルベルトは困惑を滲ませた笑いを口の端だけに乗せて、更なる快楽の淵にジェットを連れて行ってくれた。それが欲しくて、馬鹿もしたし、時には乱暴に抱いて欲しくて彼を怒らせるようなことをわざと口にしたこともあった。
「ゃややあっ……」
 アルベルトの視線を思い出すだけで、熱の篭もり始めた躯は覚えのある快楽を求めて一気に駆け上がろうとする。いつも、一気に快楽を求めようとするジェットの躯を宥めるように、わざと快楽を逃して、的が外れたような愛撫を施し、ジェットが悶える姿を見ていた獲物を追いつめるような視線が忘れられない。
 あの視線に貫かれたいと何度、願ったであろうか。
 そんな視線を脳裏に描くだけで、ジェットの躯は簡単に頂きへと昇りつめようとしてしまう。
「あっ……アルッ……イッ…イック……ぁああ!!」
 ジェットは膝を更に自分の胸に寄せ、小さく身体を縮めながら絶頂を迎えた。
「はぁ」
 溜息を落として、縮めた身体の力を抜き、ごろりと横向きになる。手にも洋服にも自分の放った白い液体が付着している。構わずにそのまま自分の身体を抱き締める。手に感じる粘つく感触。自分の放ったモノがアルベルトの鋼鉄の手に付くとそれをペロリと舐めて、今度は彼に貫いて欲しいと我が侭に強請った。一度、逝っただけではもう満足出来なくなっている。
 自慰した後はいつもドイツまで飛んで行きたいという強烈な誘惑にかられる。
 飛んでいって、淫らにアルベルトを誘い。抱いてもらいたいと思う。淫乱だと冗談まじりに囁くあの声が欲しい。
 秘部がひくついて次の刺激を、もっと太くて硬いアルベルトのモノを突き入れて欲しいと内壁すらもそれを求めて蠢いているのがジェットにも分かる。
 でも、それは出来ない。
 自分が女を抱いたように、彼も女を抱いているかもしれない。
 彼が望んだような穏やかな恋愛関係を築いて、自分とのことは既に過去。いや、普通に生活する一人の男としては忘れてしまっても悔いのない類の相手になっているかもしれない。
 自分は普通の暮らしに戻ったとしても、アルベルトが欲しい。
 セックスだけでなく、その存在を感じたい。
 でも、アルベルトが同じことを望んでいるかは確証が全くないのだ。
 愛していると好きだと確認し合った関係ではないのだ。自分が彼に興味を持って、満たされない性欲を満たそうと彼にちょっかいをかけたことで始まった関係だ。躯を重ねること以外に一度たりとも恋人のように甘い雰囲気になったことすらない。
 それを求めていたわけではないが、彼の腕の中は不思議と安堵でき、抱かれている最中でも穏やかで安心出来る場所であった。
 その辺の男を相手にしたとしても、やはり比べてしまうだろうし、もっと彼が欲しくなる。試さなくとも分かっていたし、他の男と寝る事は彼を裏切るような気持ちになるから、試すことはしてはいない。貞操という言葉から程遠い容貌のジェットであるが、自分が乱れる姿を彼以外には見て欲しくないのだ。
「アル……ベルト」
 ジェットは小さく呟くと子供のように身体を丸めて、シーツを引き寄せる。
 空腹なだけではない。
 彼という存在に、彼との触れ合いに自分が餓えている。子供の時に学んだのは、お腹が好いて、寂しかったら寝てしまえば良いということだった。眠っている間は忘れられるし、夢を見ることも出来るからだ。
 ジェットは汚れた躯のままなら、彼と睦み合う夢が見られるのかもと目を閉じた。
 開かれた窓がカタカタと揺らしつつ部屋に舞い込んだNYの風は、寂しい一人の青年の頬を宥めるように優しく撫でていった。





BACK||TOP||NEXT



The fanfictions are written by Urara since'03/04/25