恋の秘密と愛の嘘



 何種類もの低いモーター音が支配している部屋の中央に置かれた卵形のポッドで、彼は眠っている。
 口の端に僅かな笑みが浮かび、ささやかな幸せを手に入れたとでもいうような穏やかな顔をしていた。
 足音を殺して、男はそのポッドに近付くと手を伸ばす。
 カッツン。
 物質同士が触れ合い、摩擦を起こす音が聞こえてきた。
 男の伸ばされた右手は鋼鉄に近い物質で構成されていた。指の部分は細かな蛇腹でできていてまるで普通の人間の如くに自在に動かすことが可能であるのに、指先からマシンガンの弾を発砲することもできる。
 人を殺す為に造られた躯を持った男であったのだ。
 そんな死神にも例えられる男の固く結ばれていた口唇が綻び、ポッドの中で眠っている彼の名前を声にならない声で呼んだ。
「ジェット」
 コールドスリープから最初に目覚めたのは自分であった。
 そして、次はフランソワーズ、今、科学者達はイワンのコールドスリープを解くのに全精力を傾けている。過去に克服できなかった躯に埋め込まれた機械への拒絶反応に関しては、既に克服されており、更にバージョンアップさせた装備を搭載され、それを使いこなす為の訓練の日々が続いていた。
 フランソワーズも同様で、半径20km四方の物しか見聞きできなかったが、その能力は格段に上がり今では50km四方の物を見聞きできるようになっていた。彼女もその能力を効率良く使いこなす為の訓練の日々を続けている。
 だが、今日は突然のスコールでアルベルトの訓練兼実験は中止になった。
 この訓練兼実験の条件は晴れている日であった為、ぽっかりと時間が空いてしまったのだ。
 コールドスリープから目覚めて、目が回るほど忙しかった。
 回復の状態の観察と拒絶反応を克服する為の投薬治療で1週間はベッドで横にさせられていたが、その後は再改造に訓練、仲間たちと話す時間も互いに取れずにいた。
 仲間達の動向は逐次ギルモア博士が教えてくれていたので、不安はなかったが、ふと時間が空くとアルベルトはジェットに会いたくなる。
 実験と訓練の日々の中で、故意に忘れようとしていたのかもしれない。
 彼の居ない日々の中で彼の存在が自分達の傍にいないことに気付いてしまえば、それは大きな消失感を齎すものだと本能的に知っていたからだ。
 思い出してしまえば、会いたくなる。
 でも、眠り続ける彼に会ったとしてもその笑顔を、青い空の如くの瞳を見られるわけではない。
 冷たいコンクリートの壁しかない部屋に存在するただ一つの晴れた青い空は、いつでもアルベルトの心を和ませてくれた。晴れ渡る青い空の向こうに悲しみや苦しみが隠れていることはわかっていたけれども、それでもその空は、何にも代え難い大切にしたいものであったのだ。
 そんなジェットに対する気持ちだけが行ったり来たりする。
「ジェット……」






「くぅ…、よせっ!!」
 苦痛とも快楽ともどちらとも取れる男の呻き声が狭い埃を被った倉庫の一角で上がった。破棄された機械類や過去に実験に使用された機材が所狭しと置かれている。
その中央に忘れ去られたように置かれている手術用のベッドに男は横たわっていた。
 緑色の防護服を身に纏い、ベッドの上にサイボーグ用の拘束具で身動きができなくされていた。実験ではない。
 こんなに薄暗い埃の舞う、BG団サイボーグ研究所の地下深くにある処分するかどうするのか中途半端なガラクタばかりが積まれた場所でそのようなこと行われるはずもない。何故なら彼は、この研究所の科学者が威信をかけて造りあげた最新型のサイボーグなのだ。
「キモチ…いいだろう。不思議だろ?サイボーグだってセックスできるんだぜ」
 まだ少年の面持ちを残した年若い男は、男の腹の上に跨っていた。
 上半身には男と同じ緑色の防護服を纏っていたが、下半身には何も身に着けてはいなかった。薄暗い非常灯だけがともる室内に、艶めかしい白い足が浮かび上がる。
「よせっ、離せっ、ジェット」
 男は身を捩って何とか逃れようとするが、男の本能に逆らうことが出来ない。
 躯を拘束されたままペニスを、ジェットの口で愛撫されてしまったのだ。生殖機能の残っている上にサイボーグなってから自慰行為すらしたことがなかった男には過ぎる刺激であった。
 あっけないほど簡単に、ジェットの口の中に一度、放ってしまっていた。
 けれども、ジェットはそれだけではよしとはせずに、もう一度、口だけでなく手も使いペニスだけでなく弾袋もやんわりと揉み解して更に深い快楽を男に提供してきた。我慢などできるわけはない。
 苦痛の方がまだマシだと男はそう思う。
 いや、肉体的には快楽であったとしても、心は合意ではないセックスに対する苦痛に苛まれていた。
「放せっ!!」
「ぁああ」
 ジェットは聞いていないのか、自分の体内に引き込んだ男のペニスをぎゅっと締め上げると、足を開き、自らのペニスを手で慰める。
「アルベルト…、あんたの、イイ。おっきくって…、固くって…、っああん」
 ごくりと唾を飲み込みたくなるような媚態であった。
 アルベルトは元々男は好きではない。今までの恋愛的な相手は必ず女性だったし、男性に対して性的な魅力を感じたことは一度もなかった。
 でも、ここに連れてこられてサイボーグにされて、恋人も、家族も自由も全てを失って生きることにすら意義を感じられずに、命じられるままに訓練と称して人を殺し続けていた日々から救い出してくれたのはジェットだった。
 痛みすら感じることを放棄した自分に、手を差し伸べてくれた。捨てたはずの心をジェット拾ってその腕の中ずっと温めてくれていた。自分がどんなに辛くとも、いつかここを出ることを希望に生きていくことができるとジェットが導いてくれた。荒びる心を抱き締めてくれたのだ。
 どんなに惨い仕打ちをしても決して、ジェットは逃げなかった。
 寂しい笑みを零すだけで、何も言わずに全てで自分を受け止めてくれようとした。
 その優しさに心を動かされた。
 大切な友人だと、仲間だとそう思い始めた。
 育ってきた環境は違っても、年齢は違っても、自分達は仲間としてフランソワーズやイワンも含めて家族のようになれるのだと、そう思っていた。
 でも、違うと気付いたのは、そんなに昔のことではない。
 時折、部屋から何も言わずにいなくなるジェットが、滅多に使われることのない小さな実験室に入っていくのを見掛けた。その時は気に掛けなかったが、その実験室に入る時だけは、どんな実験が行われるとジェットは口を濁していたし、語ろうとはしなかった。
 辛い実験なのだろうと、敢えて問い質すこともしなかった。
 フランソワーズと自分とジェットは一つの部屋で暮らしている。三人が兼用で使えるリビングと各自のベッドが置いてあるだけの狭い小さな部屋が三つ、バスルーム、簡易キッチン、それが自分達の生活空間であった。
 心細い時や体調が悪い時はリビングに毛布やシーツを敷き詰めて、三人で躯を寄せ合って眠ることもしばしばあった。
 でも、その実験室に入った後のジェットは決して、自分はおろか姉とも妹とも、恋人以上の親しさをみせるフランソワーズですら寄せ付けはしなかった。それに、フランソワーズもその時ばかりは、いつもの強気な姿勢は見せずに、黙ってジェットの背中を見送るだけであったのだ。
 そして、アルベルトがその部屋で行われていた実験の内容を知ったのは、数ヶ月前であった。
 全裸で数人の男に陵辱されるジェットの姿が其処にあったのだ。
 屈強な兵隊に組み敷かれ、下肢を割られ、あられもない声を上げて、それをせせら笑うように見ている数人の幹部の姿が眼前にモニターには映っていた。実験などではなく、ジェットは幹部連中の玩具にされていたのだ。
 ジェットの男娼であったという経歴を知った幹部の一人が、面白半分にジェットを兵士に抱かせて見学したのが始まりで、それ以来、それはどんどんエスカレートしていった。人ではないサイボーグだから多少のことには耐えられるし、所詮は男娼だと、特別階級意識を持つ幹部はそうして普段の鬱屈をジェットにぶつけて晴らしていた。
 自分が逆らえば、次にこの場に連れ出されるはフランソワーズかもしれないと思うと、いや新しく仲間になったアルベルトかもしれないと思うと、ジェットは決して逃げ出すわけにはいかなかったのだ。
「サイコー、ここんとこ、お呼びかかんなくって、溜まってんだぁ。ッあああ」
 やめてくれ、とアルベルトは叫んでいた。
 自分を卑下するようなことを言わないで欲しい。どんな気持ちで彼等に身を委ねていたかは肩を寄せ合うように生きてきた時間の中で知り得ることだった。もし、自分がジェットの立場にあったら、仲間を守りたいが為に彼らに屈していたであろう。
 そして、自分はジェットと抱き合いたい。
 こんな一方的なセックスは真っ平だ。
 モニターに映るあられもないジェットの姿を目の当たりにして、下半身が反応している自分に気付いてしまった。それからは、同じ空間で生活していても、ちょっとしたジェットの仕草に胸の高鳴りを覚えた。
 そして、これが仲間としての愛情だけではないことをアルベルトは実感していったのだった。でも、ジェットにこの気持ちを告げるつもりはなかった。ジェットの負担なることだけは避けたかったのだ。
 決して、男が好きなわけではない。
 逆らえば、自分が死ぬだけでなく仲間にもその火の粉は降りかかる。それだけは避けたいとの思いで、必死で耐えていて、本当は男に抱かれるなど、ジェットは嫌悪していたかもしれないのだ。
「っあ、ダッ……めっ」
 ジェットはペニスから手を離すと、腰をグラインドさせ、アルベルトの固い胸板に両手をついて天上を仰いだ。
「簡単に逝ったら、勿体ねぇよな」
 と笑った。
 天上は薄暗い。
 この部屋なら自分の表情などアルベルトにわかりはしない。兵士達に弄ばれる姿をアルベルトに見られていたと知った時、ショックだった。確かに、躯を売って生活していたことはある。いや、あの時はそうするしか生きられなかった。そんな環境で自分は生きていたのだ。
 それを後悔はしない。
 過去を知られることを嫌だとは思わない。多分、アルベルトはそんな自分すらも仲間として受け入れてくれることは知っていた。
 玩具にされる自分の姿だけは、見られたくはなかった。自分を嬲る役目を担っている兵士が面白半分にアルベルトにその姿を見せたのだと聞いた。彼は表情一つ変えることなく、自分に何をしろとといつもの戦場に立つ彼の表情そのままに冷たい視線で、冷笑まで浮かべて見ていたというのだ。
 けれど、彼の心が穏やかでないことはわかる。
 彼は誤解を受けやすいが仲間を大切にする情の深い、心の優しい男なのだ。優しいからその柔な部分を傷付けないように冷酷な仮面を着けているだけだと自分は知っている。
 そんな優しい彼が好きだ。
 オンナのように抱かれるなら、彼がいいとそう願った。
 でも、恋人を失ってここに連れて来られた彼にそんなことをさせられはしない。せめて、大切な仲間として彼の傍で彼から与えられる優しさを享受したかった。
 今夜には自分達はコールドスリープされ、二度と会うことすら出来なくなってしまうかもしれないとの焦燥感が自分をこんな行動に走らせてしまった。
 想像を絶する痛みを伴う拒絶反応に対する対処法が、未だ見つからないのだ。
 このまま拒絶反応が進めば、サイボーグ一次計画で稼動していたサイボーグの全てが停止する。苦肉の策で最近、発明されたコールドスリープ装置の実験も兼ねてコールドスリープに入れられることが決まったのは一週間前のことだ。
 目覚める確証もないし、目覚めても自分達が再会できる確証はもっとない。
 二度と会えないかもしれないのだ。
 ジェットは一週間、そればかりを考えていた。
 そして、アルベルトを呼び出し、気を許してくれていることにつけこんでベッドに拘束し、勝手にズボンと下着を脱がし彼の意思とは関係なく、彼の勃ち上がったペニスに自らのアナルに沈めた。
 どうせなら、男達に陵辱された傷を彼で癒して欲しかった。
 最後なら彼に抱いて欲しかった。
 女々しいと思うが、最後に一つくらい無理なお願いをしたとしてもバチはあたらない。けれども、彼が自分をオンナを抱くように抱いてくれるとは思えなかったから、勝手をさせてもらったのだ。怒ったとしても後の祭りだ。コールドスリープに入ってしまったら、後はどうなるのかわからない。
 死ぬのなら、どんなに罪深い自分であったとしても思い出の一つくらい持っていくことは許されるはずだ。
 彼が止めろと言ってるらしいが、聞けはしない。
 聞きたくもない。真面目な彼の筋の通った正当化された説教などクソくらえだ。彼が残してくれる証をどんな形であったとしても躯に刻み込みたい。そうすれば、自分は思い残すことはない。笑って眠ったまま死んで行ける。
 男達に犯されている間に、すっかり女々しくなってしまった自分にジェットは呆れるが、それでも彼に愛されたかった。心が手に入らないのは知っているから、せめて彼の生命の証を体内で受け止めたいと切に願ったのだ。
「っああ、アルベルト。もっと、動いて…っあああああん、はぁ、ん」








「ジェット、俺はお前を抱き締めたかったのに」
 愛しい人を抱き締めるように優しくポッドに触れて、アルベルトは眠るジェットを見詰める。
 自分を拘束して好き勝手したジェットが憎らしかった。
 恨みがあるなら、こんな方法をとらなくともとそう言いたかった。散々、アルベルトの男を弄び、あられもない狂態を晒して、薄暗い部屋に艶やかで淫靡な花を咲かせたジェットに翻弄されたことが嫌なのではなく、自分の気持ちを聞いてくれなかったことに腹が立つのだ。
 触れられることが、愛し合うことが嫌なのではない。むしろ、そうしたかったのは自分なのに、何をしたいのたのだと、そう訊ねてもジェットは一方的なセックスの間、嬌声以外の答えを返すことはなかった。
 そして、ジェットは自分のアナルの中で2度、放ったアルベルトのペニスを引き抜くと綺麗に拭い下着とズボンを履かせると拘束されたままのアルベルトを残して姿を消した。一時間後にフランソワーズが助けて来てくれたけれども、複雑な顔をしていたのを今でも覚えている。
 ジェットがふざけてごめんなさいと言っていたわと、彼女は伝えて来たが、直接、どうしてこんなことをしたのかをジェットに聞かなくては気が済まなかった。研究所内を探し回ったが、彼は既にコールドスリープの準備段階に入っていて会うことは出来なくなっていた。
 何がしたかったのかと、ジェットに問い質すこともできないまま、アルベルトもまたコールドスリープに入らなくてはならなかったのだ。
 そして、ジェットの行動に対する疑問を抱えたまま、長い時間が過ぎた。
 目覚めてから、眠るジェットを見たのは初めてではない。ぽっかりと時間が出来ると、足はこの部屋に向いてしまっている。誰かがこの部屋に入って来るまで、呼び出されるまで、ずっとただジェットを見詰めることしかできない自分がいる。
 最近、あれは少しだけジェットの追い詰められた末の行動なのだと、そう思えるようになった。
 ジェットは決して悪意があったわけではないし、自分に復讐しようと思ったわけではない。
 ジェットが笑顔のままで眠っているのは、あの行為がきっとジェットに安息をもたらしているのだとそう思いたい。男としてはかなり情けない事態だが、このジェットの安らかなる眠りに比べたら些細なものだ。
 眠り続けるジェットを見るとそう思える。男のプライドとジェットの安息が引き換えられるなら、そんなもの幾らでもくれてやる。だから、安らかなる眠りを堪能したら、目を開けて彼を愛している自分達の元に戻って来て欲しい。
 戻ってきた彼が、自分にどんな感情を持っているのかそれは分からない。
 でも、自分はジェットを好きだと伝えたい。
 一方的にではなく愛し合いたい。
 昔のように待遇は悪くなく、彼等の待遇は格段に改善されていた。現在では、彼等に好意的であった科学者達が現在のサイボーグ研究所を仕切っていた為、個室を与えられ、個室だけではプライベートが守られるように監視カメラが外されていた。
 組織も命令系統が明確にされ、兵士達の行動も管理され、自分達に狼藉を働くような兵士達もいなくなったし、そういう連中は処罰の対象となる。研究所は組織として鮮麗されたものへと成長していた。
 サイボーグにされて今更だけれども、少しは過ごしやすくなったんだぜと眠り続けるジェットにそう話し掛ける。
「ジェット、早く起きて来いよ。お前に早く『愛している』と伝えたい。そして、願わくば、あの夜をもう一度、やり直させて欲しい」
 幾度もそんな愛の言葉を口にしながら、アルベルトは飽くことなくジェットの安らかなる寝顔を見詰め続けていた。





BACK||TOP||NEXT



The fanfictions are written by Urara since'03/05/23