地球上にある欲望と策謀



「っあ……」
 ベッドの上の白い裸体が、踊るように身を捩じらせた。
 腕がしなやかに動き、何かを捕まえようと前方に伸ばされるが空を切っただけで何も捕らえることはできない。
 白いシーツの上に落ちた手でシーツを掴み、後方から来る何かから逃れようと膝を進めるが、それは叶わずに顔を突っ伏してしまった。
「っく。っあああ……、っ、ダメっ、っふ、っああああああ」
 言葉にならない喘ぎがそんな彼の口から漏れる。
 彼を後方から責めさいなんでいたのは、独りの銀髪のオトコであった。メタリックなボディーがベッドサイドにあるスタンドの明かりを弾いて、鈍く光り輝く。彼もまた何も身に着けてはいなかった。
 細い彼の腰をメタリックな手で捕らえて、逃がそうとはしない。そして、自らのペニスで自分と彼を繋ぎ止めていた。
「っ…ひゃん」
「ジェットは回転が好きだな」
 そう言われてもジェットには答えることすらできない。かくかくと首を縦に振ってイイと答えを寄越すしかできないくらいに快楽に追い詰められていた。ジェットがしがみついているベッドのシーツは、数度逐情させられたジェットの精液で湿っていた。
 青臭い匂いが部屋に充満している。
 白い背中にはいくつもの鬱血の痕があり、髪は乱れてぼさぼさになっていた。
「っああん、いやっ……っ!!」
 抜き差しを何度も繰り返すと、止めてとも、止めないでとも取れるうわ言のような台詞が荒い息の下から零れてくる。しかし、それが否定の意味ではないことは、自分のペニスを包んでいる内壁の動きが伝えてくれることであった。
 複雑に絡みつき、離そうとはしない淫らな腸壁はぎゅっとペニスを締め上げる。
 しっかりと逃れられないように腰を抑えていたが、右手を愛液を流すジェットのペニスに伸ばすと、更に高い嬌声が上がった。
「っ、………っふ、っああん………、っああ、ぁ、あああ、っもう………ぁっあ」
 言葉にならない、赤ん坊の喃語のように舌足らずな口調で何かを訴えようとしていた。
 だが、男は決してその手を緩めようとはしなかった。
 ジェットは、シーツをしっかりと掴み、意味不明の喘ぎを漏らして、ただひたすらオトコの与える快楽に身を沈めて行くしかなかったのだ。






「うん、わかった。仕事なら仕方ないよな……、ああ、また、連絡してくれ」
 電話が繋がっている間は神妙にしていたジェットだが、携帯電話をオフにした瞬間、堪えていた感情が爆発してしまう。
 僅かに残った理性の残骸を掻き集めて携帯電話をサイドテーブルに置くと、くるりと後を振り返った。
 其処には恋人と同じ顔をしたロボットが所在なげに立っている。
 これは、厄介で独占欲の強い恋人が自分の代わりにセックスの相手も出来るボディカードとして置いていったありがたくも何ともない代物なのだが、最近ではジェットの八つ当たりの道具として最大限に活用されている。
「だいたいな」
 と、右手で恋人そっくりのロボット、通称アルベルト君を指差した。左手は偉そうに腰に置いてある。ふんぞり返ってマシンガントークを炸裂させるのがジェットのストレス解消法なのだ。
「恋人と3ヶ月も会ってないんだぜ。我慢できるわけねぇじゃん。明日に会えるって言ってたのあっちぢゃないか、それなのに、前の日になってキャンセルだって、許せるわけねぇじゃねぇかよぉ〜。だいたい、あいつオレと3ヶ月もセックスしなくったって平気なわけ? オレ全然平気じゃねぇよ。もう、ミルクタンク零れそうになってんのにさ。あああああーーー、もう、アルの馬鹿野郎―――――!!」
ついでに固いボディーを蹴っ飛ばしてやるが、可愛くないことにビクともそのロボットはしないのである。
 一向に倒れそうな様子すら見せないロボットに腹が立って仕方がない。
 一方的な会話しか出来ないロボットが、まるで一方的にしか想いが伝わっていないことを反映させているようで、ジェットの機嫌は更に下降線を辿り続けていた。
 毛を逆立てて興奮する仔猫の如くに、ゲシゲシとロボットに蹴りを入れて、厚い胸板にパンチを入れる。
「あああん、第一、ちゃんと聞いてんのか? だいたいなぁ〜、オレはあんたに会うために毎日おりこうちゃんにしてるじゃねぇか。このジェット様がだ。モテモテのプリティーボディーの持ち主の、引く手あまたのこのオレが、浮気もせずに声を掛けてくる男も女もみんな袖にして、健気に待ってんのによぉ〜〜、ああ、腹が立つ」
 と言いつつ、何回目なのかわからなくなった蹴りをロボットの脛に入れた瞬間、興奮していたジェットは蹴りの角度を誤り、思いっきり自分の脛をロボットの固い脛にぶつけてしまったのだ。
「いってぇーーーーっ!!」
 サイボーグであっても痛感はあるのだ。
より人間らしくということに拘ったギルモア博士は痛覚を残していた。だから、セックスも可能な躯に造られている。もちろん戦闘用に造られている彼等は意識的に戦闘中は痛覚をオフにしてしまうことも出来るのだが、人であることに拘るサイボーグメンバーのほとんどは日常生活で痛覚を消すことはまずない。
 それでなくとも耐久性という点では、問題を抱えているジェットにとって、分厚いロボットの装甲の堅さは応える。ロボットのモデルでジェットの恋人であるアルベルトも堅いボディーをしているのだが、ジェットにはアルベルトのボディーの方が柔らかく温かく感じられるのだ。
 膝を抱えて、しゃがみ込んでいる自分はとても惨めだ。
「何か、オレ、馬鹿みたい」
 涙が出てきそうになる。
 仕事の邪魔はしたくないが、でも、いい子の振りなんかしなければよかった。我侭を言ってアルベルトを困らせてやれば良かった。散々言いたいだけ言って、もう会わない、浮気してやるって慌てさせてやればよかった。
 仕事を放り出せないのはわかる。
 ジェットだとて、昔とは違い今はちゃんと真っ当な仲間達にも胸を張れる仕事に就いたのだ。じっと一所にしていられないジェットにぴったりの、自転車を使って書類や荷物をオフィスからオフィスに運ぶ仕事だ。
 世界でもっとも賑わうビジネス都市NYには必要な仕事で、同じような会社が幾つもある。そんな会社の一つにジェットは勤めているのだ。
 だから、トラックの運転手であるアルベルトと休みを合わせるのは大変なことで、ジェットが仕事に就く以前のようにアルベルトの休み毎には会えなくなってしまった。
 会えないのは不満に思うけれども、アルベルトは自分がちゃんとした仕事に就いたことを喜んでくれた。普通に生活している自分の見て、嬉しそうにしてくれた。だから、それでも良いと素直にジェットは思えた。遠距離だって、会える時間が少なくたって、自分達の絆が切れることはないからだ。
 それらを理解しているけれども、感情は侭ならないのが人というものである。
「ホント、馬鹿だ。どうでもイイことは言えるのに、肝心なことは言えねえ。あんたに会えなくって寂しいって、言えない。あんたに会いたいってちゃんと言えねえ………バカだ、オレって」
 グズッと鼻をすすり上げて、しゃがみ込んだまま打ちつけた膝を撫でた。








 ふわりと頭を撫でるものがある。
 少し泪で滲んだ目でその触れたものを追いかけると、それは目の前に立っていたロボットだった。
 いつの間にか動いてジェットの頭を撫でていたのだ。
「おまえ・・・・・・」
 何も言わない。
 ただ、掌で壊れ物でも触るようにおっかなぴっくりな手付きで頭をひたすら撫でてくれる。
 こんな機能があることなんか聞いてしいなかった。何時に起きるからと寝る前にロボットに告げておくと目覚まし代わりに、アルベルトと同じ声と口調で起こしてくれたりとかはしてくれるのがせいぜいだ。
 ジェットの生活の役に立ってくれるかといえばそうでもないのだ。狭い部屋の一角を陣取っている程の働きはない。家賃から考えると、ロボットが陣取っているスペース分も働いていないことは明白であった。
 戦闘能力に優れていたとしても、NYで普通の生活をしているジェットには戦闘は無縁なことである。
「ホント、おまえ、あいつそっくりだよな。おまえ見てると、余計に寂しくなる」
 そうジェットは呟いた。
 そして、彼から表情を抜き取ったアルベルト君の顔を凝視していたが、やがて何かを思いついたように自嘲めいた笑みを浮かべた。
「多分、欲求不満なんだと思うんだ。セックスしたいだけじゃないぞ。いっとくけど。確かに、オレは気持ちイイの好きだけどさ。でも、あいつ以外としちまうほど、節操なしじゃない。意外と貞操観念が固いの、オレって……、でもさ、あいつがおまえをここに置いて行ったってことは、こういうことも予測していたってことだよな」
 と独り呟いて、ジェットはロボットの股間に手を伸ばした。
 古着屋で値切り倒して買ってきた黒いタートルネックのシャツにグレーのスラックスを着せてある。さすがに裸で部屋に置いておくのは気が引けたからなのだ。実は、顔だけでなく体格までもがオリジナルと寸分違わぬサイズで造られている。更に、あそこのサイズや形状までもがそっくりであることも、既にジェットは身をもって体感していた。
 機能の説明といいつつ、ロボットとオリジナルで彼の恋人とのセックスによって、快楽の天国までぶっ飛んでいく羽目になったのは半年ばかり前のことなのだからもイヤでも忘れられない。
 スラックスの中で大人しくしていたそいつはジェットが触れただけで、ずんと大きくなった。形を確かめるように撫でると更に大きくなる。あっという間にスラックスの生地が持ち上がった。
 俗にいうテントを張っている状態というやつである。
 更にファスナーを下ろすと、そいつはにょきっと顔を出した。
 サイズも色も恋人と違わないペニスが目の前にある。
 ジェットはつい釣られるようにそれを口に含んでいた。
 我慢しろという方が無理である。3ヶ月も会えなくて、次の休みはどうするかとの電話でしか話してしなかった。電話の向こうに距離を感じて切なくなったことは一度だけではない。切れた電話を抱き締めながら、アルベルトの気配を探りつつ自慰行為をするなんて、女々しいことをしたことだっていくらもある。
 抱き合いたかった。
 あの冷たいボディーを自分の熱で温めて、そして沸騰してしまうくらいに熱くさせたかった。
 目を閉じて、恋人のモノと瓜二つのペニスを深く口に含み、自らの股間に手を伸ばそうとした。
「ジェット」
 目覚まし時計代わり以外に話すことのなかったロボットが急に名前を呼んだ。
 ペニスを咥えたまま、つい視線を上げると、ロボットの右手がジェットの頬に触れる。優しく撫で、その手を顎に滑らせるとペニスをジェットの口から引き抜いた。そして、ジェットの腕を掴んで立ち上がらせると、そのまま横抱きにしてしまう。
 00ナンバーの男性陣の中ではもっとも軽量なジェットを重量級なアルベルトをモデルにして造られたアルベルト君にとっては、簡単なことであるし、それは複雑に構築された行動プログラムの中にインプットされていた行為であった。
 ジェットの為に造り替えられたアルベルト君は、ジェットが寂しい思いをしたり、哀しい思いをしたり、躯を疼かせたりすると、行動プログラムが起動するようにセットしてあるのだ。
 なかなか会えないジェットの為にアルベルトが、置いていっただけはある。
 万が一、ジェットが刺客に襲われたりしたら自らを楯にしてジェットを退避させるようにとプログラミングされている。ジェットの命と躯と心を守る為のロボットがこのアルベルト君なのであった。
 そっと、ジェットをベッドに横たえると、優しく一枚一枚洋服を取り去り、下着をも取り去り裸にしていく。
「何してんの?」
「ジェットがセックスを希望している。オレはジェットを満足させなくてはいけない」
 同じアクセント、同じ声であるにもかかわらず抑揚の少ない話し方は、何処かぎこちなさを感じられてジェットは笑った。
 初めて、自分と恋人として躯を重ねた頃のアルベルトに似ている気がする。
 ロボットでプログラムされた行為だと頭ではわかっていても、情に厚く脆いジェットはほだされてしまう。ロボットでもアルベルトの分身で、自分を慰めてくれるならいいかと流されてしまった。
「ああ、そうだな。あいつに会えなくって欲求不満かもしんねぇ」
 ジェットは、そう言うとアルベルト君に腕を差し伸べた。躯を差し出すアルベルト君の首に腕を回して、しっかりとジェットは抱きついた。
「浮気ぢゃねぇ。仕事だって…言ったあいつの罰だ。ホントに、あんましオレをないがしろにすると本当に、こいつに乗り換えるからな。だから、あいつの代わりにおまえが満足させろ」
 そう呟いて、静かに瞳を閉じた。







「確かに、満足させろって、言ったぜ」
 とジェットはまだジェットの上に圧し掛かろうとするアルベルト君を蹴飛ばした。
「ジェットはまだ満足していない」
 続きを続行しようとするアルベルト君の顔面をジェットは足の裏で押しとどめる。これ以上されたら、明日は確実に一日、ベッドで過ごさなくてはならないだろう。確かに休みだし、仕事がないからベッドで一日、ゴロゴロしていても誰に文句を言われるわけではない。
 けれども、ロボットとエッチして立ち上がれないではギャグにしかならないだろう。
 だいたい、3度も逝かされれば普通は満足するものだろうと、ロボットに言っても埒はあかない、それはプログラミングされている行動なのだから、プログラムした本人に文句を言うしかない。
「満足した。それ以上、突っ込みやがったら、解体処分にしてやるからな。オレが満足したから満足したでいいんだ。わかったなっ!! わかりやがれ、このエロロボット野郎」
 それでもじりりとアルベルト君は間合いを詰めてくる。
「だから、近付くなってぇのぉ〜。ぜってぇ、解体処分だかんなっ!! だから、そこ触んなっていってるだろうがっ!!」
 だが、結局、ジェットの嬌声は一晩中続いたのはいうまでもないことであった。恋人と一緒に過ごせない休日であるにも拘らず、充実したセックスライフを送ってしまったジェットの明日はきっと、向こうだ。





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The fanfictions are written by Urara since'03/06/03