サンタクロースとトナカイ5



 サンタクロースの村は広い。
 一軒一軒のサンタクロースの家も隣の家が小さく見えるぐらいには距離があり、サンタクロースの家のプライベートは十分に守られていた。
 鋼鉄の右手を持ち、正確無比な配達能力を備えたサンタクロース・アルベルトの家も例外ではない。村の北の外れに彼の、いや彼等の家はあり、パートナーであるトナカイ・ジェットと二人で暮らしている。
 赤い屋根のこじんまりとした家だ。
 外には小さな畑があり、夏の間は二人で家庭菜園作りに精を出している。
 今朝も早いうちからサンタクロース・アルベルトは家庭菜園の野菜達に水を撒いていた。去年までは、ただ持て余す時間を潰す為に自分の分を作っていた家庭菜園であったが、今年はパートナーと一緒なのだ。
 パートナーが居るというだけで、ただ漠然と時間だけが過ぎていく日々は変わった。一日、一日、が楽しくでたまらない。笑って、怒って、心配して、こんなにも自分には感情があったのだと知った数ヶ月であった。
 今日も暑くなりそうだと、高く青い空をサンタクロース・アルベルトは見上げる。
 トナカイは厚い毛皮に躯を覆われているので、夏は苦手らしい。けれども、毛皮を脱げるのは、風呂に入る時とベッドに入る時、そして、パートナーであるサンタクロースがトナカイを欲した時だけである。それ以外は脱ごうとトナカイが思っても毛皮を脱ぐことは出来ない。それがトナカイという生き物なのである。
 サンタクロース・アルベルトは、夏バテ防止にフルーツをふんだんに使ったフラッペを作ってやろうと、足元に転がっているスイカを物色する為に地面へと視線を転じた。
「ただいま」
 軽やかな蹄の音をさせながら、パートナーであるトナカイ・ジェットが帰って来る。
 昨日から、トナカイ・ジェットはサンタクロース村の中枢であるサンタクロース・ビルの一角にある医療センターで定期健診を受けていたのだ。サンタクロース村に住むトナカイもサンタクロースも年に一回の定期健診が義務づけられていて、サンタクロース・アルベルトのパートナーになって初めての定期健診だったのだ。
「お帰り」
 サンタクロース・アルベルトは水を止め、両手を広げてトナカイ・ジェットを抱きしめる。朝露で少し湿った毛皮が必死で走って帰って来たことを窺わせた。自分に会いに帰ってきてくれたのだろうと、都合のよい解釈をしようとした瞬間、抱きしめたトナカイ・ジェットの肩越しに数頭の札付きのトナカイの姿が見えた。
 脚にジェット噴射口を持つトナカイ・ジェットはトナカイの中でも異質な存在であった。だから、サンタクロース・アルベルトのパートナーになる以前、サンタクロースのパートナーになれなかったトナカイ達が徒党を組んで悪さを働いていた集団に目をつけられて、何かと嫌がらせをされていたのだ。
 正式なパートナーになった後も、こうして二人の家の周辺を窺うように札付きのトナカイ達が姿を見せる。
 もちろん、この村ではサンタクロースとそのパートナーのトナカイに危害を加えるものはいない。悪意を持って危害を加えれば、罰せられるのだ。しかし、サンタクロースのパートナーになれなかったトナカイの嫉妬は抑えられず、年に数件、サンタクロースのパートナーとなったトナカイが襲われるという事件が起こっている。
「怪我はないか?」
 その問い掛けに、トナカイ・ジェットは全てサンタクロース・アルベルトがお見通しなのだと理解する。そして、本当にパートナーとして自分を愛してくれているのが分かり、嬉しくてたまらなくなるのだ。
 仲間のトナカイ達からも異端視され、相手にしてもらえるどころか攻撃されていた自分がサンタクロースのパートナーになれるとは思ってもいなかったことだからだ。
「うん。早く、会いたくて、近道しようとしたら絡まれたんだ。大丈夫、相手になんかしない。ちゃんと逃げて来たから」
 トナカイ・ジェットは心配かけまいとそう言う。
 もちろん、怪我などしていないことはサンタクロース・アルベルトにも分かっていたけれども、そんな言い訳染みた台詞を言う姿が可愛らしくてならない。
「当り前だ」
 そう言って、ふかふかの毛皮をゆっくりと撫でる。
「もう、お前一人の躯じゃないんだしな」
 耳元でそう囁かれて、トナカイ・ジェットは困ったように腰をもじもじとさせた。
 パートナーになってからというもの、サンタクロース・アルベルトはトナカイ・ジェットを一時も離そうとはしなかった。何処に行くにも一緒で、今回の検診が初めての別行動だったのだ。
 トナカイ・ジェットも離れていることがとても心細いと感じた。今まで、ずっと独りで生きてきて、寂しいとか心細いとかなんて感じたことなかったのに、30時間程度、離れていただけなのに、サンタクロース・アルベルトに会いたくてたまらなかった。
 もう、サンタクロース・アルベルトの隣が自分の居場所になっているのだと、そう実感させられた定期健診だったのだ。
「本当にそうなのか? ベッドで検査しないとな」
「あっ……」
 頬を染めながらも、トナカイ・ジェットはそんなサンタクロース・アルベルトの愛情が嬉しくて、つい習性で小さなしっぽを振ってしまった。
 その姿にサンタクロース・アルベルトは満足そうに笑うと、肩を優しく抱き、二人の小さな愛の巣へとトナカイ・ジェットを誘ったのである。
「お帰り、俺のトナカイ・ジェット」





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