たいよう



 真っ白な視界に、ふとアルベルトは不安を覚えた。
 ここは何処なのだろうか。
 全てが白い視界の中で、BG団に囚われていた頃の記憶が蘇る。何もかもが白い手術室で、幾度改造手術を受けたか忘れてしまった。あの真っ白な視界は、自分の思考も真っ白にしてしまうような効果があったのではという気すらしてくる。
 自分に施された改造手術の折に与えられる感覚は鮮明に覚えているのに、その時、自分が何を考えていたのか全く記憶にない。
 BG団での生活は色彩のない世界だった。
 白と黒だけで構成されたモノクロの日々。
 其処に飛び込んできたのは、太陽の如くに明るい彩をしたジェットの髪だった。
 モノクロしかない。明かりすら差し込まぬ自分の心に差し込んだ明るい太陽の日差しがジェットの優しさであった。その赤味をおびた金髪は太陽の如くで、それを持つジェットもまた太陽の如くに輝いていた。
 太陽が無言で植物や人々に、光の恩恵を与えるかの如くに、自分にもその明るい光の恩恵を与えてくれた。
 戦場でしか陽の光すら拝めぬ生活の中で、自分にとっての太陽は、天空にある太陽ではなくジェットそのものであったのだ。
「ジェット」
 探すようにその名前を呼ぶと、小さな返事が返ってくる。
 その声の方向に未だ定まらぬ視線を彷徨わせると、頬に触れる優しい掌の感触がある。促されるままにそちらの方向に視線を移動させると、そこにはジェットがいた。
 太陽の日差しが背後からあたっている為に表情は見ることは適わないが、触れる部分が伝えてくる感触は決して刺々しくはなく、むしろ穏やかな波動が伝わってくる。
「ああ、起きたか?」
 上半身を起こしていたジェットの顔を確認しようと、アルベルトは視線を彷徨わせるが、そっと頬に添えられていた掌でその視界を塞いがれてしまう。
「相変わらず、寝起きがよくねぇな」
 ジェットはぼんやりとした表情のアルベルトに対して、くすりと鼻で笑ってみせる。
「っるせえ」
 アルベルトは憎まれ口を叩くと、再び、瞳を閉じた。
 仕事に遅刻をしたりするわけではないが、自分の寝起きの悪さは自覚があった。いつもそれを計算に入れて生活しているが、ジェットと二人で過ごす休暇にそれは関係はない。
ジェットの背後から太陽が照らしていたということはまだ、朝早い時間だ。
「せっかくの休みなんだ。もう少し寝かせろ」
 と憎まれ口をハインリヒが叩くとジェットは、ああ、年寄りは寝てろとそう返してくる。その台詞に愛情が込められているのは声を聞くだけでわかってしまうし、触れている掌から自分を愛してくれているとの波動が心地良く伝わってくる。
 そんなジェットの優しさに惹かれるように、アルベルトは瞼を下ろした。
 瞼の恨の世界はももう真っ白な色ではなくなっていた。その白い世界にくっきりと、太陽のようにキラキラと輝く赤味を帯びた金髪が映し出されている。
 天空にある太陽も太陽だけれども、自分にとっての心の太陽はこうして隣に居るジェットなのだと、アルベルトはそう思う。
 苦しい時も、悲しい時も、ただ黙って自分を照らして、凍えそうになる心を温め続けてくれていた。
 人間が太陽をなくしては生きていけないように、自分はジェットという名前の太陽がなくては生きてはいけないだろう。
 自分の良いところも、悪いところも、忌まわしきことですら全て知っていて、どんな時であっても自分にだけ特別に与えられる愛情という名前の光はとても心地良すぎるのだ。ジェットに出会うまでは経験したことのない安穏とした空気に、死を司るといわれる神の名前を持つ男は何の警戒もなく身を浸していた。
 隣に居てくれるだけで、それだけで救われる。
 ただ、居てくれるだけで、よい。
 太陽が天空にあるように、当り前の事実の如く自分の隣に居て欲しい。
 せめて、この休暇の間、ジェットという心の太陽に与えられる恩恵に浸っていたいとアルベルトはそう思いつつ、転寝の世界に意識を沈ませながらも、この与えられた安息の時間を享受できる幸せな自分に満足気な笑みをアルベルトは浮かべていた。





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