構ってー



 ちりりんと風鈴が涼しげな音を立て、海風が開け放たれた窓からリビングを通り抜けて行く。
 その風に誘われるように顔を上げると、視界の端に赤みがかった金髪がちらりと映る。だが、それはすぐにアルベルトは視界から消えた。
 先刻から、幾度も開口からちらりと顔を覗かせていることは、とうに知っていることで、ジェットのいつもの癖なのだ。
 本当に構って欲しい時には、絶対に自分から近寄っては来ない。距離を置いてじっと様子を伺っているだけなのだ。
 まるで、犬が飼い主のご機嫌を伺うようなその仕草にアルベルトは苦笑を隠せない。自分の表情を覗き込んでいるだろうジェットに悟られないように下を向いて、本に没頭しているかのようなポーズを取るが、文字は意識の上を滑っていくばかりで全く頭に入ってこないのだ。
 全く、困ったものだ。
 ジェットの行動と、そしてこれから自分が起こすべきであろう行動の双方をそう評しつつ、ろくに内容が頭に入っていないのにも拘らずページを括る。
 アルベルトも分かっているのだ。
 そんなジェットの行動に我慢できなくなるのは結局自分の方で、ジェットを呼び寄せてしまうのだ。嬉しそうに破顔するジェットを見ると、読んでいた本の内容などどうでもよくなる。
 それでも一人分の空間を空けて遠慮がちに隣に座るジェットの細い腰を引き寄せて、腕に中へと抱き寄せる。何回も経験してきたパターンであるのに、それを踏襲するのは決してアルベルトは嫌ではないのだ。
 構って欲しいと自分でアピールして、擦り寄ってくる時のジェットは悪ふざけも含んでいる場合も多々あるけれど、こんな遠まわしのアピールのする時のジェットは真綿で包むかの如くに大切にされたいと、心の奥でそう思っているのだ。
 それに気付くまでに随分と遠回りもしたし、喧嘩もしたけれども、本当の気持ちを晒すことが苦手なジェットの心をようやく最近は汲み取れるようになった。辛いことを辛いと、愛して欲しいと言えないジェットの厄介な性格ですら、可愛いと思えてしまう自分の腐れ加減に呆れながらも、そんな馬鹿げた恋愛がアルベルトは気に入っている。
 何がジェットの心に触れて、哀しくなったり、寂しくなったりしたのかその理由は分からないけれども、自分をジェットは必要としているということが大切なのだ。
 構って欲しい。愛されているのだと実感したいと、ジェットは僅かなシグナルを送って寄越すのだ。
 一見人懐っこいように見えるジェットだけれども、実は人見知りが激しいのだ。それを隠す為に、フレンドリーな人間を装っているだけだということも自分は知っているし、傷付きやすい繊細な一面も持っていることも知っている。
 でも、傷付いた自分の心を癒す術を彼は知らなかった。
 疲弊したジェットの心を躯ごと抱きしめた時、ジェットはそれでも躊躇した。ここで泣けばいいのだと、自分の腕はその為にあるのだとそう伝えるとジェットは顔を歪ませて、涙を流した。
 声を殺して泣き、やがては泣き疲れてアルベルトの腕の中で眠ってしまった。
 それ以来、ジェットは構ってもらいたくなると、こうしてシグナルを送ってくるようになったのだ。
 顔を上げると覗き込んでいたジェットと視線がかち合う。慌てて逸らしたジェットのわざとらしい仕草にアルベルトは笑みを隠せない。
「ジェット」
 名前を呼んで、本を閉じた。そして、自分の隣のソファーの座面をぽんぽんと叩いてみせる。
 本人は仕方ねぇとのポーズで取り繕っているが、顔には満面の笑みが浮かんでいた。期待を裏切らないジェットの行動がアルベルトは好きだ。自分みたいに死に損ないを必要としてくれるのは、不気味な鋼鉄の腕を欲してくれるのは、ジェットだけなのだ。
 ちょうど一人分の距離を空けて座ったジェットの細い腰をぐいっと鋼鉄の手で抱き寄せると、申し訳程度に抗ってみせるだけの痩躯は簡単にアルベルトの腕の中に納まる。
「構って欲しかったんだろう?」
 耳元で囁いても、ジェットは肩を竦めるだけだ。何か言いたそうではあるが、自分の何を言いたいのか言葉を捜しているようにも見受けられた。
「どうやって、構って欲しい?」
 アルベルトのその台詞にジェットは口唇を尖らせて、明後日の方向を向いたまま憎まれ口を叩く。
「あんたが、構って欲しいんだろ?」
 ジェットの台詞にアルベルトは納得した。構って欲しいのは自分なのかもしれない。ジェットが自分に何かしらアピールしてこないのが、つまらなかったのかもしれない。それ程にここ数日のジェットは品行方正だった。
 アルベルトの手を煩わせるようにことはしなかったし、部屋の中でテレビを見たり、雑誌を読んだり、TVゲームに興じたり、転寝をしていたりと珍しく独りで大人しくしていた。
「ああ、そうかもな。手の掛かる恋人がいると、退屈に不慣れになるかもな」
 構っているつもりが、実は構われているのかもしれない。そんなことはどっちでもいいのだ。ただ腕の中にジェットが居てくれさえすれば、アルベルトはそれだけで満足だった。
「ったく、オレのせいにするなって…。でもさ」
「でも?」
 ジェットは再び黙って、大人しくアルベルトの腕の中に収まっていた。
 涼やかな海風が風鈴を鳴らし、二人を優しく撫でて、通り過ぎていった。風に誘われるように外に視線を移せば、太陽の欠片が少しだけ窓から侵入してくるのが見える。
「何でも、ねぇ」
 ジェットはそれだけ言うと、アルベルトに痩躯を預けて来る。増した重みがアルベルトは嬉しくてたまらなかった。
「やっぱ、オレ、構って欲しかったのかな? あんたに」
「俺もだよ」
 考えても生き方も全く違うからこそ些細な重なり合う感情がとても大切に思えるし、心が触れ合うことが嬉しいからこそ自然と笑みが漏れる。
 そして、アルベルトはジェットを更に深く抱きとめて、ジェットはアルベルトの腕の中に全て委ねていく。
 太陽が沈み、夜の闇が辺りを支配するまで、二人は互いを抱き締めたまま静かに時を過ごしたのである。





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