ストロベリィ
『スーパーに行ったら、安かったんだ』 とジョーは嬉しそうに夕食後のデザートに苺を供してきた。苺なんか大病した時しか食べさせてもらえなかったのに、今では自由に食べられるなんて、本当に贅沢だよねと、そう言いつつ、アルベルトとジェットが並んで座るソファーテーブルにコーヒーと苺の入った涼しげなガラスの器を置くと、キッチンへと消える。 甘い物が苦手なわけではないし食べられないわけではない。けれども、ジェットが甘い物を殊更喜んで食べるから、つい自分の分もわけてやりたいと思うだけで、アルベルトには他意はない。涼しげな皿をさり気にジェットの方に押しやり、湯気の立つコーヒーを手に取った。 いつもなら、わりぃなといいつつアルベルトの分もペロリと平らげるジェットなのだが、今日はその気配はない。 艶やかに輝く苺の上にはヨーグルトが掛かっていて、一番上にはミントの葉が飾られている。 洗い立ての苺は水を弾いていて、とても美味しそうに見える。 ギルモア博士好みにブレンドされたコーヒーの香りを楽しみながら、湯気の向こうのジェットに視線をやると苺の入った皿を困惑したよう顔をして見詰めていた。 「苺は嫌いだったか?」 「あっ、いや」 と曖昧な返事だけをして、ジェットは再び、苺に視線を戻した。 手を伸ばそうともしないジェットに焦れたのはアルベルトの方だった。いつものジェットでないことがこんなにも不安に思える。ジェットは、神経が太いようで細いところがあり、前向きな考えをしているようで、自分のことに対しては後ろ向きになる傾向にある。人の為には何でも出来るのに、自分の為には何もしないという一面も持ち合わせている。 「ほら、温かくなるとまずくなるぞ」 とガラスの器をジェットの左手の掌に乗せて、フォークを右手に握らせた。 「うん」 それでもジェットは煮え切らない態度のまま、フォークの先で苺を突付いているだけで食べようとはしない。苺の飾られたケーキやアイスクリームは美味しそうに食べていたのだから、嫌いというわけではないだろうが、とにかく今日のジェットはいつもと違っていた。 「それとも、食べさせて欲しいのか」 からかいを含んだ口調でジェットを揶揄すると、ジェットは子供扱いするなと怒った顔でいつもならアルベルトを睨みつけるのだが、今日は困惑した顔だけが向けられる。 「どうしたんだ」 ややあって、ジェットは重たい口を開いた。 「苺ってさ、すぐに表面が傷付くのな。傷付いたら最後、すぐに腐っちまう。実が剥き出しになってて、皮もついていないのに…さ」 アルベルトは何も言わずに、ただ次の台詞を待った。 コーヒーカップをテーブルに置き、タバコに火を点ける。半分ほど吸い終えた時、ジェットは再び口を開いた。 「昔、仲のイイ女の子がいてさ。まだ、お袋が生きてた頃、だったっけな? 彼女は弟の治療費の為に10歳で処女を売ったんだ。それ以来、ずっと躯を売って呑んだくれの親父と、病弱な弟を支えてた。でも、ある日、病気で寝込んじまったんだ。高熱に浮かされながら、苺が食べたいって…、そう言ってた。でも、季節外れに苺を買う金なんかなくってさ、オレ、苺を盗んだ。盗みは初めてだったよ。掴まらないように必死で走った。確かに、盗むことは出来たけど…、苺はぐちゃくぢゃで食べれたもんじゃなかった。もし、彼女が食べたいと言ったのが、リンゴやメロンだったら彼女に食べさせてあげられたかもしれない…ってさ。やわな苺をバカみたいに恨んだりした……」 ジェットは彼女がその後どうなったかは語らなかったけれども、アルベルトの予想に間違いはないことぐらいはその様子で分かる。最後の願いを聞き届けてあげられなかった自分の不甲斐なさを悔いているのだ。当時、まだ10歳にも満たない子供に何が出来るのだとの言葉は慰めにはなりはしない。 「だったら、食べてやれよ」 アルベルトはそう言った。 「彼女が食べたいと思う分だけ、お前が美味しそうに食べてやればいい。そして、彼女に伝えてやればいい。彼女の分も自分が食べてやったと……」 決して安易な慰めでない言葉にジェットは頷いた。 アルベルトの傍にいると時折、過去を思い出して焦燥感に駆られることがある。どうしようもなく不安になったり、過去のことを思い出して逃げられなくなったり、BG団に居た頃は思い出しもしなかった昔が胸中を過ぎるのだ。 けれども、アルベルトはそんな自分を決して、責めたりはしない。ただ、淡々とそれすらもジェットの一部なのだと受け止めてくれる。 一つの苺をフォークで突き刺すと、口に運んだ。甘酸っぱい香りと柔らかな食感が口いっぱいに広がる。少ししょっぱい気がするのは、きっと昔を思い出したからだ。あの時、手の中でくぢゃぐちゃに崩れた苺を泣きながら食べたあの味と一緒だ。 苺の味は成熟を知らずに旅立った彼女の象徴なのかもしれない。初恋は苺の味がするという。だとしたら彼女は自分の淡い今まで自覚もしなかった初恋であったのかもしれないと、ジェットはふとそんな気持ちになった。 「オレ、彼女のこと好きだった」 ジェットはそう呟いて、二つ目の苺を頬張った。 「ああ、俺はそんな、お前を愛しているよ」 |
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