奇々怪々



「研究ばかりしていないで、お嫁サン探せばいいじゃないですか」
 そうだよぉ〜、フランさすが僕の親友、いいこと言うじゃないか。そのまま僕に、僕に、話しを上手く振ってよ。
 博士ったら顔を真っ赤にして可愛い〜、んだから、放っておけないんだ。博士って凄い優秀な科学者だけど、研究一筋で恋愛経験なんてロクにない。だって、フランのお嫁サンって言葉に真っ赤になってるくらいだもん。
 でもさ、普段の生活は僕が面倒見てるのに、どうして、博士は僕がお嫁サンだとは思ってくれないんだろう。別に身の回りの話だけじゃなくって、夜の生活も僕的には全然OKなのにさ。
 ああ、自己紹介を忘れていたよ。
 僕は島村ジョー、ドイツのベルリンで行われる学会に出席するギルモア博士のお供でベルリンにやって来た。ベルリン在住のハインリヒとこのカフェで待ち合わせをしていたんだ。身嗜みには煩い彼が乱れた髪のまま現われて、少し汚れた顔は、いかにも一戦交えてきましたというものであったけど、乱れた身嗜みの割りには、結構、元気なハインリヒを見て博士は安心したようであった。
 ハインリヒの体験した不思議な出来事について色々と話をしていて、それから、話しがどう流れたのか、何時の間にか博士のお嫁サンの話しになっていたってわけなんだ。
 だから、フラン…、其処で僕を売り込んでぇ〜。
 でも、博士もアイロンくらい言ってくれれば、いつも僕がアイロン掛けているのに、どうして今回に限ってなんですかと、僕はそう聞きたいね。博士のことだから、出発準備に追われて忙しそうだったからとか、まあ、そんな遠慮深いところが博士の凄く可愛いところなんだけどさ。でも、博士、僕が居るじゃないですか。
 そう僕ですよ。
「006みたいな?」
 ?どうして…其処で006って振るんだってぇの。ハインリヒの馬鹿野郎。
 お嫁サンなら、キュートでプリティーな僕が順当だろう。だって、博士のお嫁サンなんだよ。006は確かに、料理の腕では負けるけど、洗濯と裁縫と掃除は僕の方が上手なんだからね。博士好みのコーヒーは僕が煎れるのが一番、美味いんだから、いつも、僕の煎れたコーヒーが一番だと博士は歓んでくれているのに。
 まあ、確かに、006はおっかさんって感じがする。
 男の人にしか見えないけれども、何というのか、温かみが僕が知っている唯一の母親の姿と一致するんだ。
 僕は孤児院も経営している教会で育った。孤児に対してはやはり、親に捨てられたという目で見られる場合が多く、大人達からは同情とか憐憫の目で見られることが当たり前のようにもなっていた。でも、孤児に対して、同情だけでなく接してくれる人もいたんだ。
 僕がまだ、小学三年か四年の頃だった。始めて同じクラスになった奴が居た。僕が孤児で教会で神父様と他の大勢な子供達と一緒に暮らしていると聞くと、自分のうちと同じだと大きく口を開けて笑った。強引に連れられて、学校の帰りに遊びに行くと、彼の母親が両手を開いて受け入れてくれた。
 他にも兄弟が大勢いて、皆でオヤツのドーナッツを作っていた所に僕も混ぜてくれて、本当に皆で食べたいびつな形のドーナッツと牛乳の味は今でも忘れられない。彼は教会にも遊びに来てくれた。僕にとって教会の中で一緒に生活している子供達以外で始めて出来た友達だった。
 確かに、表立って虐められたことはないけれども、僕達と家庭のある子達との間には大きな溝があって、友達らしい友達はいなくいつも疎外感が僕の回りを取りまいていた。
 僕は彼の家で、普通の家庭の暮らしを経験させてもらったんだ。
 彼の母親はとてもおおらかで、いつでも、彼が家に居なくとも遊びに行った僕を当たり前のようにして受け入れて、優しく手を差し伸べてくれたし、彼と喧嘩をして、気まずい思いをしていた僕の背中を仲直りしてやってねと押し出してくれた。
 彼と一緒にいられたのは一年で家の都合で遠くに引っ越していってしまって、手紙で何度か遣り取りをしたが、僕の方が手紙を出すことを止めてしまったのだ。神父さまは友達は大切だから、切手代ぐらいと言ってくれたけれども、でも、新しい学校の新しい友達とのことが書かれた手紙を読む度に辛くなって行ったんだ。
 子供だったと思うけどね。
 でも、彼のお母さんが、006に良く似ていた。
 体型がじゃなくって、ご飯だと僕達をダイニングに呼び寄せるタイミングや、沢山食べろと急かす態度、元気を出すのだと背を叩いてくれるその手の温かさ。彼の母親に良く似ている。僕に言わせるとお嫁サンっていうより、おっかさんって感じだ006は…。
 でも、006の奥さん姿って結構、笑えるかもと僕は、仲間達と笑った。
 今は、仲間がいて、たわいないことで笑い。様々ことを話すことの出来る友達が居る。そして、誰よりも大切にしたい人が居る。生身でなくなったことに対しての悲哀が特に、僕の隣に座る彼にはあるらしいけれども、僕は彼には悪いけれども、今となっては、そう悪くもない日々だと思えることが度々ある。彼等といる間はあの疎外感を感じずにいられるから…。
 僕の大切な人は、自分の子供のような年頃の僕達の何気ない言葉に本気で恥ずかしがって顔を赤くしている。こんなシャイでピュアな博士が僕は大好きでたまらない。改造された恨みがないっていうのは嘘だよ。生身で博士に出会っていたら、僕は博士を好きだと心を隠すことなく告げることが出来ていたかもしれない。
 でも、僕はそれでも博士を愛している。
 父親のように慕っているわけではなく。一人の男として愛していると知ったら。多分、博士は、僕を拒絶はしないだろう。僕が望めば、抱いてくれるかもしれないけれども、それは罪悪から発露したもので、博士の本当の気持ちじゃない。
 でもね。
 博士、僕は負けない。
 何時の日か、絶対に、博士を振り向かせてみせますから…。
 僕じゃなくっちゃ、駄目だって絶対に、言わせてみせますからね。覚悟していて下さいね。と、まだ、照れている博士にそう僕は心で言った。
「でも、007と006って夫婦みたいだよね」
 と僕の問いに、再び、フランソワーズとハインリヒは笑い転げ、博士はそれもそうだと、奇妙に納得している。自分のお嫁サンから話しが少し逸れてほっとしているのが、すぐに分かってしまう。
 そうだよ。博士のお嫁サンは、僕でいいんだから、今度、フリルのついたエプロンでお出迎えでもしてみようかなと僕は結構、腐れたことを考えていた。ハインリヒにそれって男心を擽るのか聞いてみよう。絶対、ジェットとしてみたいって考えてる、いや、結構、むっつり助平だから、下手したら経験済みかもね。
 でも、僕がお嫁さんじゃなくって、006に振ったのはちょっと癪に障るから、嫌がらせも兼ねてジェットにフリルの目一杯ついたピンクのエプロンを作って送ってやろう。ハインリヒが裸エプロン見てみたいんだってという手紙も添えて、悩むジェットの姿を想像すると、愉しくなってくる。
 ついで、嫌味でドイツ土産でも同封してやろう。
 それに、ハインリヒのアパートに押し掛けて、僕が居たことをアピールしておくのも悪くない。絶対、ジェットってば、子猫が毛を逆立てるみたいにフーフー言うに決まってる。
 ジェットへのお土産、何がいいかなぁ〜。
 博士が学会の間、ハインリヒは仕事で今日しか付き合えないって言うし、時間を持て余しそうになるベルリン滞在だったけれども、結構楽しめそうだ。フランにも何が良いか相談してみよう。二人でジェットに送るフリフリフリルのレースのついたエプロンを探すのも悪くない。
 どうやら僕のベルリン滞在は有意義なものになりそうだ。





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