ジジコン



 温かい日差しが差し込む午後。
 静かな時間がギルモア邸を支配していた。
 BG団との戦いに一段落がつき、ジョーに続いてジェットもようやく起き上がれる程度には快復したとある日。
 グレートはリビングで、ハインリヒとチェスを楽しんでいた。
 ハインリヒがグレートのポーンをアンバサンによって取った瞬間、静かなリビングにジェットが入って来た。パジャマにジョーが編んだという薄手のガウンを羽織っている。
 起き上がれるようになったとはいえ、まだ機能は完全復旧してはいない。大々的な改造のお陰で、まだ生身の部分と機械の部分が噛み合わなく、神経系統の幾つかの部分の微調整も必要で、寝ている時間がまだ多いのだ。
 昼食後、眠りたいと自分の部屋に戻ったはずのジェットが現れ、ハインリヒが心配して声を掛ける前にジェットはグレートを見つけて破顔した。
「グレートぉ〜」
 語尾にはハートマークまでつきそうなぐらいに嬉しそうな声だ。
 その声に、ハインリヒの掌でポーンの駒がみしりと音を立てた。たしか、このチェスは大理石で作られていたはずだなと、グレートそんなことを思う。
 そして、ジェットはそのままグレートの背後に回ると、肩越しに振り返ったグレートに可愛らしい声でお願いをする。
「ゲームの邪魔しないから、ここに居ていい?」
 別にグレートに異論はない。自分が座っているのと二人がけのソファーなのだから、隣にジェットが座るスペースは十分にある。
 恋愛的な感情は皆無だが、ジェットによって心を救われてグレートはその恩をいかなる時も忘れてはいなかったのだ。だから、自分に甘えてくれるジェットの存在が嬉しくて、自分でも何かしてあげられるのだとの気持ちが自分の心を鷹揚にさせてくれる。
「我輩は構わんが、ハインリヒの隣がいいだろう?」
 ハインリヒとジェットの仲な仲間内ではほぼ公認の関係である。まあ、あれだけの執着心を見せ付ければ、馬鹿でも解りそうなモンだというくらい、ハインリヒのジェットに対する独占欲は凄まじい。
 ジョーを助けに行って死に掛けてからはそれに磨きが掛かっていた。
 もちろん、グレートもそれを理解していたからの、言葉だったのだがジェットから返ってきたのは、意外な返答であった。
「グレートがいい」
 白いワイシャツの上にグレーの薄手のカーデガンを羽織った猫背にジェットは頬を寄せた。そして、ゆっくりと息を吸い込んで、グレートの体臭を嗅いでいる。パイプタバコの匂いと、中年の男性独特な体臭がジェットの鼻を擽ることに喜びを感じているのか、まるで猫が喉を鳴らしている時のようにとろりとした目つきでグレートを見た。
「おいおい、我輩は恋人ではないぞ。間違えなさんな」
「間違えてない。グレートがいいんだ。あったかいなぁ〜」
 とそう答えると、目を瞑る。直に規則正しいジェットの寝息が聞こえてきて、どうしたもんかと目の前で掌のボーンの駒が細々になるまで握り締めた男とグレートはそっと目を合わせた。やはり、恋人に黙ったままいると、わざとじゃないといいつつ射撃の的にされてしまいそうだなと肩を竦め、何事もなかったようにナイトの駒を進める。
「誤解しなさんな」
 何だがと言う口の端だけが笑っていて、目は今にも殺人光線を発射しそうなくらいであった。
「ジェットは、父親の記憶がないらしくてな。自分の父親ぐらいだろう年頃の男性に、奇妙なコンプレックスがあるらしい。我輩に懐くのもそれが理由だろう」
 ハインリヒはわかってはいるし、理解してやっているつもりだが、自分の存在を黙殺してグレートに懐きに行きことが、面白くない。グレートとジェットがなどとは考えないが、男の意地が面白くないと騒ぎ立てる。
 相手がピュンマ辺りなら、ふふんと笑って済ませられるのだが、グレートが相手では勝てないとの思いがある。自分も随分と年上の友人には助けられたものだ。その奥の深い精神世界で触れて勉強させてもらったからこそ、外見ではなく、その心にジェットが惹かれていたとしたら、到底自分など太刀打ちではないではないかとの恐れがある。
 グレートにその気がないとしても…、不安は去らない。
「まあ、ファザーコンプレックスというところだろう。もう少し大人になれば自然と、そんなもんだ」
 グレートは本当に、そう思っていたのだ。ジェットがグレートの言葉尻を捉えて発言するまでは。
「違う。アルに会う前にグレートに会ってたら、オレ、絶対グレートのこと好きになったよ。グレートって、カッコイイもん。大人だし、オレをぶったり、しないし…いつも優しく抱き締めてくれる。だから、好きだよ。それに、オレ、グレートの匂い嗅ぐと安心出来る。何か、故郷に戻ってきたって気がするし…、なぁ、チェスが終ったら一緒に昼寝に付き合ってくれよ」
 突然の告白に、ハインリヒの掌からぱらぱらの粉々になったポーンの破片が滑り落ちる。
 グレートは、ジェットのその言葉にハリケーンが来るとの誰にでも出来る予感を感じていたけれども、年甲斐もなく悪足掻きをしてみる。
「ジェット、お前さんには。恋人が…」
「うん、だけど、別の意味でオレ、グレートが好きだし、死にかけて思ったんだ。自分に正直に生きないと後悔するって…さ。アルとアル、グレートはグレートじゃ駄目なのか?」
 穏やかな午後のリビングは、その台詞を境にハインリヒの低気圧とジェットの高気圧がぶつかり合い、稀に見る暴風雨が吹き荒れたのはいうまでもなかろう。台風の中心にいたグレートがどうなったかは…、想像にお任せしたい。





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The fanfictions are written by Urara since'03/10/07