浮き沈み



「で、大丈夫かい?」
 親切なのか、あるいは、野次馬根性なのかいま一つわからない態度で、ピュンマはメンテナンスを終えて地下からリビングへと戻ってきた、今回の戦闘においての破損率0.02パーセントをたたき出す原因となった男に声を掛ける。
 幸か不幸か彼等以外には誰もいないギルモア邸のリビングであった。
 メンテナンスする程のものじゃないが、一応、空中から海中に落とされてしまった004の機能低下を心配してのメンテナンスなのだから、すぐに済む代物なのは誰の目にも明らかだった。
「お前さん、何かいいたいんだ」
 仏頂面で答えて、差し出された少し煮立ったコーヒーを受け取ると、ソファにどかっと腰を下ろす。
「だって、君、ジェットと組んで空中戦してて、海に落ちるなんてパータン結構ありそうなのに…」
 と、最後に言葉を濁すあたりがこの男の憎たらしいところだ。
 なまじ頭が良すぎるのも考え物だと、アルベルトは更に口をへの字に曲げる。
「だいたい、人間の躯って元々浮くように出来てるんだよ。だいたい赤ん坊は羊水の中で育成されていって、やがて産まれた瞬間に肺呼吸をするようになってるのにさ。泳げないなんて…、おかしいよね。まあ、だいたいは水に対する恐怖心が筋肉を不用意に強張らせ、それが原因で、大抵の場合は浮かないんだけどね」
 ピュンマはさすが対高圧環境用サイボーグとして造られただけあって、泳ぎはその仇名の通りに長けてはいる。
「確かにな。だから、俺の躯は一応、防水処理は施してあるし、水中戦でも耐えうる構造にはなってるが、何も向いているとは限らない」
 そうなのだ。
 つい最近まで、004は金槌だったのである。後天的な理由を表向きにはしてるが、実は元々金槌だったのである。だが、004だけが全く水中での戦闘が不可というのも、色々と作戦上支障が出てくるとの理由で、水の中に入れるようにはなったが…。
 重量級のしかも、鋼鉄の塊がどう考えても浮くはずはない。
 潜水艦や船とは、構造が全く違うのだ。
「確かに、ただの鉄の塊は浮かないよね」
 と自分が優位にたつことが楽しいのか、ピュンマは邪気のない笑顔を見せる。この笑顔を打ち抜いてやろうかと、アルベルトはそんな物騒な考えをコーヒーと一緒に飲み干した。
「だって、ジェロニモの方が泳ぎはうまいよね。でも…、どうして、君より重たいジェロニモが浮くんだい」
 ピュンマは探究心旺盛だ。
 学習能力も高いし、それは元来の彼の資質だし、そのおかけで色々と助かることもあるのだが、この手の探究心には手を焼きたくなるアルベルトがいる。でも、聞かれると答えてしまうのが、生まれて以来培ってきた長男根性というやつであった。
「ヤツの躯は、衝撃を吸収できる」
 一応、水中での活動が可能になった時に、他のメンバーとは少し異なる事情というやつをギルモア博士から聞かされていた。もちろん、自分よりも重量のあるジェロニモの方が水中での活動に向いていることに疑問を覚えたと、そのことについて質問もしていた。
「成る程ね」
 とそれだけで、事情を察するピュンマは本当に日常生活に於いては、何というか、腹立たしい存在だ。
「ジェロニモの躯は衝撃を吸収できる構造になっている。つまり日本のスモウレスラーと同じ原理で、彼等が身につけた分厚い皮下脂肪が攻撃から内臓を守る為のクッション材となっているのの、応用なんだね。で、脂肪は水に浮く。衝撃吸収剤が脂肪と同じ役目を果たして、ジェロニモの躯は重たくても浮くんだ。面白いね」
 何が面白いだ。とアルベルトは気付かれないように毒づいてみせる。
「それからね。君の泳ぎが壊滅的に下手糞だってのも、黙っててあげるね。じゃないと、ジェットが君を海に落とすの躊躇っちゃうでしょう? そしたら、こぼこぼと海中にもがきながら落ちて来る君を見学できなくなっちゃうからね」
 完全にアルベルトの完敗であった。
 

その後、ベーリング海峡で銀髪のスイマーを見たとか見ないとかという噂が聞こえていたことは言うまでもないことだろう。





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