夫婦善哉



「仕方ないあるね」
 と言いつつ張々湖は独り分だけ、スープを小さい鍋に小分けにした。
 あと数分で帰ってくる仲間の為に、ご馳走を作って待っていた。仲間達の好きそうなものをテーブル一杯に並べた。ドルフィン号は地下の発着場に既に着いていて後は皆が上がってくるのを待つばかりであった。
 ハインリヒに置いて行かれた、と拗ねていたジェットをこき使ってテーブルに料理を並べさせる。家事音痴の彼だが、団体生活の成果か皿も割らずに、料理も零さずに運ぶ程度のことは出来るようになったのだ。
 ぐつぐつ煮え立つ湯を見詰めながら、タイミングを推し量っている。
 ちょうどメンバーが部屋に入って来た頃であろう。自分は全員が大好きな張々湖飯店特製ラーメンを作って持っていってやるからと、ジェットに言って食事を始めているようにと言い含めてある。
 ジェットも意地で皆が帰るまでご飯を食べないのだと、張々湖がキッチンで料理に勤しんでいる間、時折顔を覗かせては味見という名のつまみ食いをしていたから、さっさと始めてくれるだろう。
 特別に冷えたビールまで用意してある。
 湯がぼこぼこと泡を立てる。その泡はあの男の頭を彷彿とさせるのだ。口だけが達者で、ナニができるわけではない、だらしない自分より少しだけ年上の役者崩れの男。
 何故か知らぬ顔は出来なくって、張々湖飯店の共同経営者になってはいるが、仕事のほとんどは自分が取り仕切っている。料理は出来ないし、出来るのは愛想笑いだけだ。金の計算にも疎い、芝居があると見に行ってしまうし、どちらかと言うと放蕩亭主という感覚があるのに、ついあの男の世話を焼いてしまう自分に溜め息が一つ出る。
 きっと、あの男はまだ昔世話になった恩人の死のショックから抜け出せてはいない。自分の前では決して本気で泣かない男だ。
 イヤになるくらいあの男の習性は知っている。
本気の涙を流せない男だ。泣いていても、何処かで芝居を意識しているように自分には感じられる。
 芝居掛かった仕草の向こうに本心が見えたと思うと、するりとそれは擦り抜けて其処には役者崩れのだらしのない中年男が居るだけだ。
 でも、多分、彼が哀しいと思うのは本心だ。
 本気で泣けない男の為、そう仲間の為ではなくあの男の為に今夜は料理をしていたかもしれない。あの男が好きな味に微妙にアレンジして作ってある。其処までしてしまう自分に呆れながらも、ブリテンの分のスープだけは辛くしてやる。
『辛ぇじゃねぇか……、このヘタレ』
 と自分に吹っ掛けてくれていつもの彼のペースを取り戻すだろう。
 それを読めてしまう自分もイヤだが、実行してしまう自分もイヤだ。でも、何故かあの男を構ってしまう自分がいる。どう言う感情の果てにあるのかは分からないが、あのダミ声で騒ぐ男がいないといつもの調子が出ないのだ。
 元気のない彼を見るのは辛い、早く元気になっていつもの彼に戻って、下らない長台詞でも聞かせて欲しいものだと張々湖はフンと鼻を鳴らして、出来あがったラーメンを盆に乗せてダイニングへと向かった。
 ブリテンの分だけは、すぐに分かるように少し皆の丼より離した場所に乗せている自分に少し皮肉な笑みを肉付きの良い顔に乗せていた。



「美味しいラーメン、出来たあるねぇ〜」





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