夫婦善哉4
ドルフィン号のキッチンは小さいが、張々湖の要望に応えて市販しているシステムキッチンに手を加えた多機能高性能キッチンとなっている。 その狭い空間で丸い躯がコマのようにクルクルって動く。 大きな寸胴鍋を掻き回し、蒸し器の軽快な水蒸気の音に耳を傾け、沸騰した中華鍋を掴み、流しに移動して茹でた野菜を、ざるに空けてから大きく溜息を吐いた。 「何してるアル」 ぼんやりとキッチンの入り口で張々湖の働きぶりを眺めているグレートを振り返りつつ、その声を掛けてくる。いつも、彼は何処か突き放した他人事のような、取り様によっては冷たいと感じさせる物言いをすることがある。 「ちょっと、つまみ食いにな」 ウィンクを添えておどけた口調でそう誤魔化してみる。 今日の戦いはグレートにとっては精神的に辛いものがあったのだ。皆には黙っていたが、今日対峙した相手の幹部はグレートが通っていた小学校の同級生の息子であった。間違えようがない程父親にとても似ていた。 彼の持つ銃がフランソワーズに向けられた時に、グレートは躊躇せず頭を撃ち抜いていた。 人を殺したところで何だというのだろうか、今更だ。それが自分の過去に出遭った相手の家族であったとしてもだ。いちいち、それらを助けて回っていては自分の躯はいくつあっても足りないし、命だとて一つだけは採算が合わない。 けれども、小さな消失感は拭いされないでいる。 破損もほとんどなく無事に勝利を収めた仲間達には、何処か浮かれた雰囲気が見て取れなくもない。 其処に居ること彼等と自分との間に差異を感じたグレートは張々湖の手伝いをしなくてはと、キッチンスペースに下りて来たのだった。 キッチンでいつもと変わらぬように働く張々湖を見ていると安心するのだ。 常に揺らいでいる自分の心によって齎されている酩酊感が、その時だけふと自分の心の揺らぎすら心地良いと思える瞬間に遭遇することが出来る。 張々湖と自分の母親とは似ていないのに、何処かで重ねている自分に気が付く。 グレートの母親は背の高い痩せた女性だったし、料理もお世辞にも得意とは言えるほどではなかった。何もかも反対なのに、張々湖には迷惑なのかもしれないのに、甘えたいと思ってしまうのだ。 マジマジとグレートを見た張々湖は蒸し器の一番上の段から一つの肉饅頭を取り出して、両手の平で転がすようにして覚ますと、グレートの手に握らせた。 「一つだけアル。ああたが、つまみ食いしにくると思ってたアル。それ食べたら、さっさと盛り付けて運ぶの手伝うアル」 掌を通して伝わってくる饅頭の温かさと手の甲を包む張々湖自身の手の温かさに包まれて、グレートは口角をひきつらせるように笑った。嬉しいとこの温かさが欲しかったのだといえる男ではない。 痩せ我慢的な男の奇妙なプライドが自分を支えている部分もなくはない。 それが邪魔をして、奇妙な笑いとなって表情を形成するのであるが、張々湖はそれすらも見透かしているようなのだ。 「なあ、張さんよぉ〜。ひょっとしたら、この肉饅頭は希望の象徴なのかもしれんな」 相変わらず、遠まわしなグレートの台詞を鼻でふふんと笑い飛ばして、張々湖は背を向けた。 「希望や、夢だけじゃ、おまんまは食えないアル。肉饅頭は何処でも肉饅頭よ。但し、これは張々湖特性だから美味いアル」 「そりゃそうだ。お前さんの愛情が一杯詰まった世界で一つの肉饅頭だからな」 グレートが張々湖に甘えている照れ隠しに、そう言って返すと張々湖は振り返りざまに、お玉で禿げた頭をかつんと叩いた。 「だまらっしゃい。さっさと食べて手伝うアル」 優しいくせにつっけどんで、恥ずかしがりやな張々湖がこんな時とても大切な人に思えてならない。 どうしてなのかを理解していなくとも不安定だった自分を察してくれていた彼の自分に対する愛情ある行為が嬉しいと、グレートはその象徴とも言うべき肉饅頭を口一杯に頬張った。 |
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