夫婦善哉5
グレートはまるで、初恋を経験した少年の頃のようにドキドキしていた。 握っているビール瓶も心なしか震えている気がする。 毎年のことなのに、毎回ドキドキしてしまうのは何故なのだろうか。毎年、毎年、張々湖に怒られながらも、誕生日プレゼントをアレコレ考えてしまうのは、ささやかな張々湖に対する感謝の印を表したいからであった。 自分達の関係を何と表現したら良いのか分からないけれど、グレートにとって張々湖は仲間以上の存在なのである。 結婚した経験はないけれども、長年連れ添った女房というのがこんな感じなのだろかと、そんなことを思う。 ゆっくりと静かに、寝室の扉を開けると張々湖はドアに背を向けてベッドの端にちょこんと座っていた。丸い背中は白い寝巻きに覆われている。肉付きの良い指はベッドサイドに張々湖が風呂に入っている間に置いておいた薄い水色の一輪差しを、そっと撫でていた。 気に入ってくれたのだろうかと、グレートは少し嬉しくなる。 気付かない振りをして、そのまま反対側のベッドの端に張々湖に背を向けて座る。グレートが眠っている側のサイドテーブルに置いてあった読みかけの本を手に取ると、その体勢のまま続きから読み始めた。 本を読みながら、風呂上りのビールを飲み干した頃、張々湖が小さく呟いた。 「知るはずないね。誰にも言ったことないある」 グレートはそんな張々湖の独り言を聞かなかったことにした。 口は悪いが、張々湖は情愛が深い。 特に仲間を大切に思う心は、グレートですら驚かされることが間々あるが、反面敵に対しては容赦がない。 けれども、グレートにはとても優しい。 きついことを言っているけれども、自分が落ち込んだ時には当り前のように傍にいてくれる。慰めを言うわけではないけれども、張々湖の思いやりはとてもありがたいことだった。仕方ないあるといつもそう言って自分を受け止めてくれるのだ。 だから、普段、そうやって世話になっている張々湖の為に誕生日くらいささやかなプレゼントをと思うのだけれど、何が良いのか長い付き合いだがさっぱり分からない。 毎年、的の外れたプレゼントをしては怒られてばかりなのだ。 けれども、そんなプレゼントを張々湖は大切にしていてくれることもグレートは知っていた。 「グレートはん」 「うん」 グレートは本から顔を上げずに、心ここに在らずという演技を交えた返事をする。いつもなら、ちゃんとこっちを見るよろし、と怒る張々湖だが、この時ばかりは違っていた。 「あんさん、磁器を見る目はないあるね」 「芝居を見に行った帰りに、骨董屋で二千円で買ったんだぜ。値段のわりにイイ感じだと思ったんだがね」 二千円というのは大嘘で実は二万円したのだ、本当の値段を言うと張々湖に怒られそうなので、もちろん黙っているつもりだった。 「やっぱり、これは本物の青磁あるね。いつの時代かまでは分からないけれど、随分古いものね。二千円で買えるわけないある」 「へぇ〜、でも、埃かぶってたぜ」 グレートは思ってもみなかった言葉に思わず、本から顔を上げて、張々湖の背中を振り返った。しかし、コレがホンモノでもニセモノでもグレートにはどちらでも良かった、この薄い水色の陶磁器は何と無く張々湖という人柄を表しているような気がして、買い求めただけだから。 また張々湖は黙ってしまった。 その一輪差しを手に取ると、愛しそうに指で何度も撫でていた。初めて見る張々湖の顔であった。恋人でも思っているような顔にグレートは嫉妬を感じる。張々湖にはいつも仕方ない、ヘタレな男だからと手を差し伸べて欲しいと思っているのだ。あんなに切ない顔を誰かに向けるのは、面白くない。 子供染みた感傷であることは理解しているけれども、グレートの心の中にはそんな感情が存在していたのだ。 「知ってるわけないあるね」 何をだとはグレートは問わなかった。背中を向けたままの張々湖は珍しくぽつりと囁いた。 「母親は、とても綺麗な人だったある。村で一番の美人、村で一番の金持ちの家の息子に見初められて結婚したよ。でも、実家はとても貧乏だったあるね、母親がその母親に持たされたのは、母親のその母親が嫁入りの時に持っていたという小さな薄い水色の一輪差しだけ。父親が身を持ち崩して、貧乏になった家を支えながら必死で働いて、子供達を育ててくれた。わいが、故郷を離れて働きに出ることになった前日に、嫁入りに持ってきたただ一つの一輪差しをくれたあるよ」 そう漏らした。 多分、その大切な一輪差しはBG団に連れ去られたゴタゴタで何処かにいってしまったのであろう。肌身離さず持っていた父親の形見である懐中時計も、グレートの手を離れて何処かに行ってしまった。 自分にとっての懐中時計のような存在だったのかもしれない。 「張さんよ」 返事はない。 「誕生日、おめでとうな」 「そんな下らないことを言ってる暇があるなら、さっさと寝るよろし、明日も忙しいあるね。そろそろ、歓送迎会の予約も入ってくるのよ。宴会メニューも考えないと競争に勝てないある。あんさんも、早く起きて、一緒に仕入れにいくある」 そんないつもの口調なのに、決してグレートの顔を見ようとはせずに背を向けたままである。とても、優しくて仲間思いだし、世話好きなのだけれども、とても恥ずかしがり屋で内気な部分を張々湖は持っている。 それがグレートは可愛らしいと思うところなのだ。 「へいへい」 誕生日くらいは言うことを聞きますよと、そんな雰囲気を漂わせてグレートは素直に横になり布団を被った。 目を瞑りじっとしていると、ゆっくりと睡魔に躯が支配され始める。 やや意識が眠りへと誘われ始めた頃、張々湖もグレートに背を向けて横になった。 「ありがとう」 小さな張々湖のお礼の言葉をしっかりとグレートは大切に胸に仕舞う。けれども、あくまで眠っていて聞こえなかったという素振りを崩すことはなく、そのまま幸せな眠りへとグレートは落ちていった。 「仕方ないあるね。あんさんは」 グレートが完全に眠った頃、張々湖はむくりと起き上がり、布団から出ているグレートの腕を温かな布団の中に仕舞う。そして、そのままグレートの背中に隠れるような体勢で横になった。 「大切にするあるよ」 |
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