マイブーム



 そう、それを食べたのは偶々であった。
 ギルモア邸に滞在中、煙草を切らしてしまったことに端を発していた。
 右手の不具合に気付いたアルベルトはメンテナンスの予定はなかったが、急遽来日したのである。
 ギルモア博士は取り外した右手の微調整の為に地下の研究室に篭もったままだし、001は眠ったままである。003は張々湖飯店にウェイトレスのバイトに、009は右手のメンテナンスに必要な部品の調達と食料品の買出しに出掛けてしまっている。
 右手がないのは、それなりに不便だった。
 アメリカンフットボールの試合をぼんやりと眺めているだけだ。しかし、試合も終り、緩やかに流れ逝く午後の時間に自分はどうにかしていたとしか、後々考えると思えなかった。
 テーブルに置いてあった煙草の箱から最後の一本を取り出して、口に咥える。残った左手で火を点けて、これが最後の一箱だということに気が付いた。いつもなら、ギルモア邸に来る前にデパートに立ち寄ってカートンで仕入れるのだが、今回の右手の不具合は聊か深刻で、ジョーにドルフィン号で迎えに来てもらっていた為、煙草を購入する余裕はなかった。
 どうしたものかと、最後の一本を吸い終えると、アルベルトは立ち上がる。
 吸わないで済んでしまう時間もあるのだが、ないと吸いたくなるのが人間の感情というものである。
 何か口の寂しさを紛らわすのにコーヒーでもと、キッチン向かう。
 綺麗な片付けられたキッチンの中央にある配膳台の置いてあったのは、直径20センチ程の籐の籠である。封の切られたお菓子が輪ゴムで止められて入っていた。クッキーに、煎餅、キャンディー、ラムネ、一口サイズの羊羹、干し芋、干し柿、その中に一つだけ、浮いた存在のモノがあった。赤いパッケージに入ったそれは、キャラメルのようでもあった。
 てっきりキャラメルと思って、口に運んだのが、そもそもの発端であったというわけである。



「あんた、ソレ全部買うわけ??」
 ジェットは呆れた顔でアルベルトの持っている買い物籠の中身を見詰める。
 アルベルトの右手の不具合の話をジョーから聞いて、NYから吹っ飛んで来たのだった。しかし、ジェットがギルモア邸に付く頃には右手の不具合も解消されて安堵したものであったのだが、今度は脳みそに不具合が起こったとしか、目の前の恋人の言動を見ていて思えなかった。
「ああ、いけないか? お前だって、グミを籠に一杯買ってるじゃないか?」
 いや、そういう問題じゃないと思うんだが……、と一言をジェットは飲み込んだ。
 籠一杯にハイチューを入れた30歳のドイツ人がそこはかとなく嬉しそうなオーラを背負いながら買い物をする姿は、はっきり言って不気味なものがある。服装によってはハイスクールで通る自分がグミにのめり込むのと、聊か……。
「だって、あんた、甘いものはあまり好きじゃないって……」
「ハイチューは別だ」
 きっぱりと言い切るアルベルトにジェットは脱力してしまった。
 自分は熱しやすく、冷めやすい傾向にある。今はグミがマイブームなのだが、1ヶ月もすれば飽きてしまうが、アルベルトはそういうことはない。熱しやすく冷めにくい性質なのである。
 恋愛にもそれは適応されていて、それはそれで惚れられてて嬉しいのだが。だが、しかし、ハイチューに目尻を下げる恋人の姿は、そのなんというのか、新しい一面を発見できたというよりも、コメディーを見ている感覚に陥りそうになる。それでも、何とかしてシリアスモードに切り替えようと必死なジエットは有効と思われる台詞を繰り出してみる。
「だったらさ、オレとハイチューとどちらが大事?」
 その台詞にアルベルトは、籠の中のハイチューとジェットの顔を見比べると、ヤレヤレ仕方がないという笑いを浮かべて、ジェットの持っているグミが一杯入った籠を強奪するとレジへと向かおうとする。
「なあ、どっちなんだよ」
「グミもハイチューも金が買えるが、お前は買えない? だろう」
 その遠まわしの愛の告白にジェットは少し気分が良くなった。シリアスモードに戻ろうとしていたことなとせ、すっかり忘れてしまっていた。
「なあ、オレにもハイチューくれる?」





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