誕生日の事状



「馬鹿だな」
 アルベルトはずぶ濡れになっているジェットに傘を差しかけた。
 サイボーグ化されているジェットが雨に濡れたところで風邪など引くはずもないのだが、赤味の掛かった金髪がずぶ濡れになって、元気に跳ねていた襟足が吸った雨の重さで萎びている有様は、どことなくアルベルトの可愛いものダイスキな部分を擽ってくれる。
 で、不要のことなのだが、つい傘などを差しかけてしまうのだ。
「どうせオレは馬鹿だよっ!! まだネズミの方がお前の言うことを理解できるんだろう」
 馬鹿馬鹿しい台詞だということもジェットは理解していた。
 もちろん、恋人の隠そうとしている可愛いものに弱い性癖だって、理解できているのだ。デートの途中に散歩しているコギー犬に見蕩れてしまう、男だということも承知だ。自分とネズミを同列に見ているわけではないことも理解しているけれども……。
『お前は口がきけるが、こいつはしゃべれないんだぞ』なんて言われた日には腹が立つというものである。
 こういう時は、濡れたままの恋人を抱き寄せるっていうのが、定石だよなとアルベルトは考えながらジェットに腕を伸ばす。
 やっぱり、こうやって抱き締められたら少しは抗うもんだよなとジェットは形ばかりの抵抗を見て、結局アルベルトの腕の中に収まった。
 二人の重なり合った胸の辺りから小さな声がする。
『きゅい』
 二人の痴話喧嘩の原因となったアルベルトのペットネズミのへけたろうである。
「へけたろう?」
「オレについて来たんだ。まるで、行かないでって言ってるみてぇでさ。何処までもついてくるから、風邪でも、引かせちまったらあんたに顔向けできないし……」
 つまり、へけたろうが原因でNYに来ることを断念し、反対に自分を呼び寄せたのだと知ったジェットは聊か面白くはなかった。食事をしながらの近況報告も気付くとへけたろうの話しになっているのだ。
 はっきり言って、面白くはない。
 誰の為に、まっとうに働いていると言うのだ。
 アルベルトに喜んでもらいたいし、自慢できなくともせめてまともに働いて生活しているという同じラインにジェットは立ちたかったから、日々を真面目に過ごしていた。だから、半年近くも休みが合わずにアルベルトに会えなかったのだ。
 平気なわけはないのだ。
 何せ、恋人なのだからして……。
 もっと、喜んでくれると思っていたのに、口を開けばへけたろうという恋人の姿に、がっくりし、次にネズミ如きに負けたのだという思い込みから自己の存在理由を見失ったジェットは荒れた。
 せっかくの誕生日だからこそ、面白くはなかった。
「あんたの大事なへけたろうだもんな」
 でも、ねずみを相手に勝った負けたもないけれども、やはりアルベルトが自分のことよりもへけたろうを気に掛けていることに嫉妬してしまったのだ。馬鹿馬鹿しさに、あきれるし、そんな自分が嫌になる。
「お前も大切だ」
「でも、こいつも大切なんだろ?」
 困らせるつもりはないけれども、でも、邪心のないペットには勝てない。最も、勝った負けたがあるとしたら負けているのはへけたろうだということにジェットは気付いていないのだ。
「お前に会えない時間が、俺にとってどれ程辛いかわかるか? こいつを始めて見たとき、お前に似てると思った。馬鹿馬鹿しいだろうと思うが、だから、こいつを引き取ったんだ。ネズミに似てると言えば、お前は怒るだろうが、お前に似ていなかったら、俺は引き取ったりはせんぞ。いい年して、木っ端恥ずかしい話しなんだがな」
 とそっぽを向いたまま恋人はそう告白する。
 それでなくとも、濡れて落ちてきた前髪が邪魔で前が良く見えない。
「本当は、お前の名前をつけるつもりだったんだがな。さすがにな。引き取った先の研究所のスタッフに名前をつけてもらったんだ」
 アルベルトは言っちまったばかりにそっぽ向いたまま、傘を差し掛ける。
 ジェットは恋人の言葉を一つ一ついとおしむように飲み込んでいく。一つ一つが、30歳の厳つい男には似合わない純情振りに、うずうずと悪戯心が疼いてしまう。実は、こんな彼が好きなのだ。
 厳つい顔をしているくせに、純情で、浮気の一つも出来ない堅物さ加減が可愛らしいと思っている。自分の言動に振り回されてくれるヘタレ加減に愛しさを感じてしまうのだから始末が悪い。
 嫉妬しているなんて、本気の本気じゃない。
 表面的な部分で、実は腹の其処ではこの状況に持って行きたかった自分がいただけなのかもと、ジェットは今更ながらに思うわけで。
「許してやる」
 ジェットは笑った。
「帰ろうぜ。オレもへけたろうも風邪引いちまうよ」
 サイボーグだから風邪を引きはしない。でも、そういうとアルベルトは困ったように笑ってジェットの肩を抱き寄せて、アパートに向かう道を歩き始める。
『きゅ、きゅい』
 二人が仲直りしたのが分かるのか、へけたろうがジェットのジャケットの襟元から顔を覗かせてそう鳴いた。





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