白兎



 大国主命は大きな荷物を背負い、えっちらほっちら海岸沿いの道を歩いていた。
 そりゃぁ、人使いの荒い同居人のおかげで休む暇もないという日々なのである。要するに、奇妙な部分で器用貧乏な彼は同居人にとって悪く言えば、パシリであった。
 面白くねぇなぁ〜と、同居人に向かいつつ面と向かっては言えぬ悪口を呟きながら歩いていると、背の高い草叢からシクシクと鳴く声が聞こえてきた。
 そのまま通り過ぎようと思ったのではあるが、出掛ける寸前に目の端に引っ掛けたワイドショウの対談でかの有名な占い師H女史が人に対して良いことをすれば自分に巡り巡ってくるのだとそう言っていた一言を思い出して、数歩通り過ぎたところを後退してきて、草叢を覗き込んだ。
 一匹の兎が白い耳をタラリと垂らして鳴いていた。
 幾重にも赤い傷の描かれた背中が痛々しく震えていた。
「もし、どうしたのだね」
 と声を掛けると、びくっと躯を震わせて脅えた青い瞳で大国主命の顔を見た。その姿が大国主命であると分かると恐怖に震えていた躯の緊張を解いた。
 よく見れば、背中だけではなく腕も足も、顔にも幾つモノ浅かったり深かったりとする傷跡が残っている。
 白い毛皮は何処にも見当たらず艶かしい素肌をさらして、兎は助けを請うてきた。
「大国主命様、助けて下さい。傷を治す方法をお教え下さい」
 取り敢えず、事情は傷を治してからだと大国主命はがまの花粉を集め始める。がの花粉には傷に伴う諸症状に対して効能があるといわれていたことをもちろん大国主命は知っていた。
 その間に兎には真水で躯を綺麗に洗うように指示をすると、恥らいながらも兎は股間を両手で隠してぴょんと跳ねて傍にある泉に身を浸した。
 痛むのか顔をしかめながら綺麗に躯を洗った兎の躯中にがまの花粉を大国主命は塗りたくった。全身がまるで黄色の毛皮で覆われたかのようになった兎の様子を見ているとがまの花粉が利いてきたのか、少しずつ兎の表情が和らいできていた。


 それを見計らって、事情を聞いてみると。
 隠岐の島からこの海岸に渡ろうと兎はしていたのだけれども、船が出るには時間が必要だった。一刻も早く渡りたかった兎は、隠岐の島の周辺をぐるぐると巡航していた鮫を騙して、その背中を伝って渡ってきたというのである。
 だまったままトンズラすればよいのに、鮫の馬鹿面につい調子に乗って、だましてやったと自慢してみれば、海岸に上がってくるはずのない鮫に突然足が生えて、浜辺まであがってきた上に、白い自慢の毛皮を向かれた挙句…………というわけなのであった。
 ふと、視線を転じれば鮫が泳ぐにしては非常識な浅瀬を一匹の鮫が行ったり来たりしている。
 その背びれには兎の自慢の白い毛皮が降参の旗の如くにはためいていた。
 それだけで、後年には縁結びの神として人々の信仰を集める大国主命だけあって、鮫がどんなに兎のことが好きなのかつい理解してしまった。そして、ついでに言えば、後年、複数の妻を娶り艶福家としても名をなすのである。
 大国主命の視線の先に鮫がいることを察した兎はひしっとその着物の袖を握り締めた。
「大国主命様ぁ〜」
 甘えたように、助けて欲しいと媚を売る兎はとても可愛らしい。
 でも、自分に突き刺さる鮫の視線も気になる。
 何故なら、更にその鮫は浅瀬にやってきているのだ。
 白い兎の毛皮の左右の鰭でしっかりと挟んで、うるうると高台に大国主命といる兎を見上げていたのだ。
 どうしたもんかと、大国主命は考える。
「取り合えず、傷が癒えるまで面倒はみてやろう」
 とつい大国主命は口走っていた。
 それを聞いた兎は大層喜んで、大国主命に抱きついて感謝の接吻を送ったという。





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