脱水症状



 全くと呆れたような顔をしたフランソワーズであったが、口元には優しげな笑みが微かに浮かんでいる。
 その視線の先には首に点滴用の針を刺されたまま、穏やかな顔で眠るジェットがいた。
 二人っきりで居た頃よりも、悔しいが今のジェットはとても落ち着いていた。あの男が遣って来て、もう出遭ったその瞬間からジェットのあの男に恋をした。
 ジェットはフランソワーズにとって、世界の全てを敵に回したとしてもその腕に囲ってやりたいとの気持ちを抱かせる人で、恋人以上の親密さと家族以上の信頼を持った間柄であった。
 あの男との恋の経過を話して一喜一憂する姿は、そりぁ、もう可愛くってはにかみながらも惚気るジェットは、食べてしまいたいくらいにフランソワーズの母性本能をくすぐる。
 ジェットがあの男が好きなのなら、強制的にジェットにその視線を向けさせんといわんばかりに、恋のテクニシャン・フランソワーズ様がセックスの経験はともかくも恋愛に関しては意外と初心なジェットに恋のテクニックを伝授したのは、もう四半世紀以上、昔の話だ。
 それ以来、ずっと二人はラブラブで、今はドイツとアメリカで遠距離恋愛を続行中である。いや、二人がどんな形の恋愛を楽しもうとジェットが幸せだと笑っていてくれるのなら、あのドイツ男の都合など犬にくれてやるの、だが、しかしだ。
 久しぶりにギルモア邸を訪れたジェットと過ごせる時間を楽しみにしていた自分の立場はどうなるのだ。アルベルトがメンテナンスの時は、ジェットは無理してでも時間を作ってギルモア邸に遣って来る。そして、メンテナンス中はフランソワーズとの濃密な時間を過ごすのが定例になっているのだ。
 今日はあの男がメンテナンスだから、二人で一緒に、映画を見たり、食事をしたり、ショッピングを楽しもうと計画していたのに、見事にぶち壊してくれたあのドイツ男に一矢報いなければフランソワーズの気持ちが治まらない。
 真っ向からぶつかるとジェットが悲しむので、二人のジェットを巡っての冷たい戦争はそれこそ四半世紀以上も昔から水面下で続けられていたのだ。
 いくら、互いの体液が体内のメカニックに対する潤滑剤的な役割をも担っているサイボーグだからといって、限界はある。限界を考えずにやりまくった結果がコレなのだ。
 セックスをするのはいいだろう。
 それで、ジェットが幸せなら万万歳だ。
 フランソワーズの基準はジェットが幸せかどうかにあるので、その恋の相手の男に対してはいささかの思いやりどころか、自分とのジェットの時間を奪う大悪党に見えている。それは、アルベルトからしてみても、煩い小姑的存在のフランソワーズは眼の上のたんこぶで出し抜くのに命を賭けている節がある。
 まあ、二人の水面下の争いは置いておいてだ。
 いくらなんでも、脱水症状になるまで、やりまくることはないとフランソワーズは、眠っているジェットの頬を撫でる。薄っすらとジェットの眼が開いてそこにフランソワーズが居るのを確認すると、子供が母親の存在を認めて安心するかの如くの笑みを零して、再び眼を閉じた。
 確かに、ジェットは可愛い。
 あの猪突猛進のロマンのカケラもない、無骨なドイツ野郎が性欲を制御できないくらいには可愛らしい。一緒に風呂に入ったりするのだから、ジェットの裸体は何度もお目にかかっているが、透き通るような白い肌理細かな肌、細い腰、肋骨の浮いた胸、未だ少年の名残りを多く残したその躯は確かに魅力的だが、セックスには限界があるってもんだ。
 ジェットのミルクタンクが空になるまで搾り取っていいと誰が言った。
 お陰で、搾り取られすぎたジェットは、朝食に降りて来たのはいいがそのまま床と熱い口付けを交わす事態に陥ったのだ。
 もう、ギルモア邸は上に下に大騒ぎであった。
 ギルモア博士の診断結果は脱水症状。
 脱水症状を起こすまで、やるなっつうのとここにいないアルベルトに突っ込みを入れる。
 ジェットは決して悪くない。ジェットの可愛さに負けて馬鹿みたいに腰を振ったあの男が悪いのだとフランソワーズは結論を出した。
 でも、こうして穏やかに眠るジェットを見詰めるそんな時間も悪くはない。
 きっと、脱水症状を起こすまでセックスをするんじゃないとギルモア博士に釘をさされながらメンテナンスはざまぁ見ろだ、足の下でベッドに縛り付けられているだろう男に対して舌を出す。
 いくらジェットには甘いギルモア博士でも、いやこの二人の関係に対して寛容すぎる博士でもこの事態を笑って見過ごさないだろう。ここに居る間はきっとお預けに違いない。馬鹿な絶倫男が夜這いをかけないようにきっと自分と眠るようにと博士は取り計らってくれるはずだ。
 そしたら、誰にも邪魔されずにジェットとの楽しい時間が過ごせる。
 一緒なら、別に映画にいかなくても、ショッピングに行かなくてもいいのだ。
 二人で、過ごす時間を持てるのならと、フランソワーズは微笑んで、ジェットの穏やかな寝顔を幸せそうに見つめていた。





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