ハーレクィーンロマンス



『探さないで下さい』


 と書かれたメモがスカールの部屋に残されていた。
 以来、彼の姿は忽然と消え、誰もスカールを見たものはいなくなった。




 BG団兵器開発部門担当責任者という立場を逃れてから、早1年が過ぎようとしていた。前々から趣味で書いていたハーレクィンロマンスが優秀賞を受賞し、見事にデビューと相成ったわけである。
 寒さの厳しく、夏の短い場所で育ったスカールは祖母の持っていた日本の四季を写した写真がとても好きであった。祖母は遠い異国から祖父の元に嫁いできたのだ。祖母が聞かせてくれた日本の四季の美しさ、其処にある文化の奥深さに憧憬の念を持ったスカールは大きくなったら日本に住んでみたいとの希望を持ったのはいうまでもなく、ようやく、その夢が叶ったのである。
 日本でも、比較的温暖な地域の海沿いに、万が一、BG団の連中に見付かった場合の逃走用の小型潜水艇を地下格納庫に完備したこじんまりとしたコテージを建てた。
 時間に追われることもない。ノルマも、部下の勤務査定も締め切りも、経費についての説明もしなくても良いのだ。
 追われるのは原稿の締め切りだけで、他に自分を追い詰めるものは何一つない。寝たい時間に眠って、起きたい時間に起きる。散歩に出掛けるのも、車で30分程の郊外型スーパーに買い物に行くにも、誰の許可も要らないし、警備の兵士も付いてはこない。
 何を何処で食べようと自由なのである。
 上からは叱られ、下からは突き上げられての中間管理職としてのストレスも全く関係ない。
 これ以上のパラダイスはないではないか。
 そもそも、自分は中間管理職向きではないのだ。
 たまたま、本当にたまたま運悪くその役柄が巡ってきてしまい。抜き差しならない状況に陥ってしまっただけで、本心は、こういう静かな暮らしをするのが向いている性質なのである。
 だが、ただ一つ、スカールの肝を冷やす事柄があるのだ。


 それは、お隣のギルモア邸であった。
 スカールはBG団を身一つで失踪したのであったのだから、ここのコテージに引っ越してくるといっても、逃げ出してから買い求めた身の回りの物ぐらいである。家具は引越しの日に店からに直接運んでもらった。
 其処にひょっこりやって来たのは、何とあの…009こと島村ジョーであった。
 スカールは00ナンバーサイボーグが日本で暮らしているとは全く知らなかったのである。兵器開発部門は兵器開発部門専属の情報部員しか動かすことが出来ない。BG団の中枢はほぼ経済商用部門が掌握していて、金にならない兵器開発部門への風当たりは大層きついものがあって、幹部会の前後では5kgは体重が減るぐらいのものであったのだ。だからして、BG団の情報部門の幹部とももちろん折り合いが悪く00ナンバーサイボーグの行方についての情報すらリークしてもらえなかったという経緯があった。
 だから、よもやお隣がギルモア邸だとは全く…気付かなかったのである。
 もちろん建築会社は、お隣に家を建築するのでご迷惑をお掛けしますと社名入りのタオルと洗濯洗剤の詰め合わせを持って丁寧にご挨拶に伺ったのだが、スカールは日本の引越しに関する慣習を全く知らなかった。
 それよりも何よりも、門塀の向こうから覗き込む島村ジョーの姿に自分は幻を見ているのではないかと、新居の引渡しに訪れていた建築会社の社員を捕まえて、幻ではないことを確認してしまったぐらいだ。
 建築会社の社員曰く『お隣のギルモア邸に住む男の子で、ギルモア博士の助手兼愛人』と、教えてくれたのである。
 にっこりと、親しげに微笑むジョーの邪気のない笑顔につい、笑顔で返してしまって以来、島村ジョーはお友達のほとんどいないスカールの貴重なお友達となったのである。



『ねえねえ、スコーンが美味く焼けたんだ。今から持っていくから、一緒にお茶しないかい?』
 と、島村ジョーから今日も電話が掛かる。
 いや、どうでもいいような無駄話は楽しい。
 009の作るお菓子も美味しい。
 自分の過去がバレるはずはないのだ。あの頃はどくろの仮面をつけていたし、今はすっぴんだ。しかも、ボイスチェンジャーを使っていたが今は地声で話している。しかも、BG団の中では英語だったが、ここでは日本語だ。何もかも違うのだから、バレるはずはない。
 でも、もし…バレたらどうしようと…、思ったりするわけだ。
「ああ、構わないよ。ジョー。昨日のドラマの最初の方、見逃しちゃったんだけど、教えてもらえるかな? なんでオダジョーがプリプリ、怒ってたのさ」
 つい、そんなことを言ってしまうスカールは、只今青春を謳歌中なのであった。





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