一瞬



 004は鉄製のドアを思いっ切り、押し出すように蹴飛ばした。
 すると重たいドアが宙に舞い、機内に凄まじい風が吹き込んできた。
 その風の向こう側に、赤い人影が一瞬だけ横切る。
 先刻、自分がパイロットの頭を吹き飛ばしたのだから、機体は降下を続ける一方である。
 外観はC-130ハーキュリーズに似せてはあるが、中身は通常軍用として使用されているものと比較したとしても、全く違う機動性と構造をしている機体であった。それだけで、この機体が国家に属するものではないことぐらい一目瞭然だ。
 此処から、西南西100kmの地点にある小さな国を舞台にBG団はとある兵器の実験を行おうとしていたのである。
 豊かとはいえないが、穏やかに暮らしていた人々の生活を地獄へと導こうとしたのは、BG団にそそのかされた軍務大臣であった。軍備といっても、たいしたものはない。せいぜい、先進国の警察に毛が生えた程度の規模と設備しかない。
 ここまでは、いつもの展開に近いものがある。
 新しい兵器のデモンストレーションと実戦データの収集をBG団が目的としていることなど、聞かなくとも兵器として開発された自分達だからこそ想像がついてしまう。
 その国にフランソワーズとグレートが潜入して、何処からBG団の兵器が輸送されるのか情報を集めた結果、ルートはどうにか3つに絞られた。
 陸路、海路、空路がそれぞれ一つずつだ。
 どのルートが使われるかは最後まで判らなかった為、全員で手分けをして各ルートの警戒に当たった。
 002、004、008、そしてドルフィン号が後方に控えているチームは空路と海路の双方を担当する。そして、009、006、005、に後から007と003が合流して陸路の警戒に当たるというものであった。
 そして、貧乏くじを引いたのが空路担当者だったというわけである。
 編隊を組んだ輸送機をドルフィン号で008が、タッグを組んだ002と004が迎撃をした。旗艦と思われる一機に乗り込んだ004は運ばれていた兵器の中身を確認し、必要なデータをドルフィン号に転送すると、乗組員とパイロットを一人残らず殺害したところであった。
 戦場における日常の変わらない一コマである。
 護衛にあたっている最後の戦闘機を迎撃している002の姿が目視できたが、合図は送らなかった。打ち合わせ通りの時間であることを確認だけすると、忘れたことはないかと機内を振り返った。
 004は002を戦場のパートナーとして信用していた。
 第一世代という枠組みの中で幾度もタッグを組んで、死線を乗り越えてきた仲間だという自負と、002の飛行能力の優秀さを004は身を持って知っていたからだ。
 堅い機体の床を蹴飛ばして、その身を宙に躍らせた。
 耳元で風が激しく鳴き、風圧で視界がぶれる。
 いつも、こうして高度を保った飛行機から飛び降りる時に思うのだが、002はこの状態で動く標的を撃ち抜くことができるものだと感心してしまうのだ。空は地上のように天地がない。
 360℃全域に敵がいる。
 少なくとも地上戦でなら、地面の下から敵がやって来るということはほとんどないといってもよい。
 時速200km近い速さで降下している自分を002はこともなげに捕らえてみせる。
 おそらく002は左手首を掴むだろう。
 戦闘中、右手を掴むことはあまりない。右手にはマシンガンを内臓しているから、塞ぐのは得策ではないことを002は知っている。
 一緒に戦ってきたからこそ、互いに口に出さなくとも理解出来るのだ。
 それが嬉しくもあり、そういう形でしか一緒に生きられない自分達に004は辟易してしまうこともある。
 004は左腕を掴みやすいように高く掲げ、腹這いの体勢で落下速度を落としつつ、002が遣って来るのを待つ。
 ややあって、視線の先を赤い物体が一瞬掠める。
 002の姿だ。
 一瞬だけだったはずなのに、004にはその表情まで見えた気がしている。
 やったなと、ウィンクを投げるあの悪戯っ子のような表情だ。本来、004の眼球の機能では、マッハで移動できる物体を捉えることは不可能だが、002という人間性と、サイボーグとしての性能を知り尽くしているからこそ、見えないものも見ることが出来るのだ。
『ご苦労さん』
 脳内通信が入ったかと思うと、左手を002が掴んでいた。落下速度が落ち、高度を保ったまま近くの海岸めがけて飛行する。
『そっちこそな』
 握られた手首から伝わる温かさが004を安堵させる。
 空を飛ぶことも、20000フィート上空から飛び降りることも、002が一緒にいればどうということはない。
 一瞬、目が合えば互いの考えを知ることが出来るから……。
 短い時間のランデブーが、004は不思議と嫌いではない。総重量200s以上ある自分を連れた飛行が002にとって決して楽ではないことは、飛行能力を追求する為に軽量化された002の構造を知っていれば分かることだ。
『ヨタヨタ飛んでねぇで、さっさとしな』
 だから、004は敢えて憎まれ口を叩いてやる。
 002は煩いと反論しながら、浜辺まで後十数mの位置で004の手を離した。派手な水飛沫を上げて004が降り立った。浅瀬に落とされたので、全身、海水でびしょびょになってしまった。つまり水溜りに大きな石を投げ込んだ時と同じというわけである。
『馬鹿野郎!!』
『あんたが、デブだからいけないのさ』
 002はそう悪びれもなく言うと自分は浜辺にちゃっかりと降り立った。
 脳内通信では罵倒しあっていても、二人は笑っている。引き合うように歩を進めながら距離を縮めていく。
 そして、再び、上空で触れ合ったように、その手と手を互いに差し伸べた。





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