消化不良2



 心配そうなジョーの視線を嬉しいと思うと同時に鬱陶しいと思うジェットがいる。
 二人きりの食卓が嫌というわけではない。
 ジョーの作る食事は豪華ではないが、温かい家庭の匂いがする。家庭を知らないジョーが家庭的な食卓を構成することが出来るのは不思議なことなのだが、それ以上に家庭を知らないジェットがそれを家庭的だと思うことも不思議だ。
 ジェットはひよこ豆のスープを突きながら、ぼんやりと頭の何処かでそんなことを考える。
 そして、別の部分では、昔の出来事を思い出していた。
 空腹ではあるのだが、その思い出が食事をしたいという欲求を遠ざけていたのだ。
 ずっと昔、まだ001とジェットしかいなかった頃。
 サイボーグは未だ完成していない兵器だった。
 人間と見掛けは変わらないものがあったが、様々な問題も抱えていたのだった。その一つというのがエネルギーの補充という点である。通常の人間は口から摂取した食物を体内でエネルギーに変えて活動をするのだが、その段階のサイボーグは口から取り込んだ食物をエネルギーとして転換する機能を備えてはいなかった。
 2時間おきに人工血液の中に活動に必要なエネルギーを注射器で挿入するのが、ジェットにとっての食事であったのだ。つまり、当時のジェットの躯には消化器官がほとんど存在してはいなかった。けれども、脳を含む生体機能を停止させない為には人間に必要な栄養分を摂取する必要があったのだ。
 しかし、その後にサイボーグ研究も進歩し、エネルギーの問題も解決しつつあった。
 004まで00ナンバーサイボーグが揃った段階で、彼等が口から食べ物を接種してそれをエネルギーに変える方法を見つけ出したのだ。最初の頃は不具合も多く、食事をすること自体がジェットには苦痛だった。
 人工食道が上手く食事を嚥下できなく、食べ物が詰まったり、飲み込めてもエネルギーに上手く転換できずに人工内臓が破損し、気が遠くなるような苦痛を味合わされたり、筆舌しがたい試行錯誤を経験していた。
 けれども、食事自体が実験であった為、拒否することも許されなかった。もちろん、戦闘用サイボーグに食事の必然性などないではないかとの考えすら伝えることも出来ない。
 もちろん味覚などない。
 どんなに豪華な食事でも、機械に繋がれて衆人環視の元では到底楽しくもない。
 人間の本能的欲求である食欲を満たす食事ですら、ジェットにとっては苦痛としか思えない時間が長く続いた。
 もう数えることすら嫌になった改造手術の後のことだった。
 ジェット、フランソワーズ、アルベルトの三人はいつものように食卓を囲んでいた。改造手術が終った後であるが、幾つかの動作確認をしただけで、実験も訓練もなく部屋に戻されたのは極めて珍しいことだったのだ。
 その頃には、技術の向上もあり、食事による不具合は生じなくなったものの相変わらず味覚はほとんど感じられないままであった。
 ただ、生き抜く為に口を動かして食物を取り込んでいるだけの食事。
 その時も、また味気のない。砂を咬むような感覚に支配されている食事だった。
 ただ、隠しカメラが設置してあったのだとしても、少なくとも衆人環視の元で、機械に繋がれているのではなく、心を許せる仲間との食事というだけがジェットにとっての救いであった。
 スープを口に運んだ瞬間、ジェットの動きは止まった。
 味が分かる。
 僅かしか入っていない肉の脂の味に、酸味のあるトマトの味、僅かに甘味を感じさせる豆。忘れていた昔の感覚が一気に蘇って来た。
 サイボーグになって初めて貪るように食事をした。
 こんなに食べることが嬉しいことを始めて、ジェットは感じたのだ。
 だから、ジェットは今でも食べることに対しては貪欲なのである。グルメというわけではなく。味を感じられて、美味しい、不味い、と感じる感覚が楽しいことなのである。
 そうなのだ。
 トマト風味のひよこ豆のスープが、美味しいとサイボーグになってから初めて感じた食事だったのだ。
 あの時と少し味は違う気がするが、とても良く似ていた。
 ジェットはゆっくりとひよこ豆のスープを口に運んだ。





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