呑むほどに酔うほどに



 キングス・クロス・ステーションから東に向かい緩やかな坂を上って行き、庶民的な青空市場で賑わうチャペル・マーケットを抜けた所でグレートの三歩後ろから歩いて来ていたジェットは足を止めた。
 この先のアッパー・ストリートから細い路地を入った場所に、二人の住処がある。
 築100年は経っているだろうレンガ造りのうなぎの寝床のような小さな一軒家だ。グレートが役者であった頃、劇団のパトロンの一人であった老女から遺産として譲り受けた物件であった。
 数度訪れただけで一度も住んだことのなかった家だが、ジェットと同居を始めるに当たってこの家をリフォームした。
 すすけた幽霊屋敷のような家も今ではすっかり見違え、人が住んでいるとの気配を湛えるようになったし、半月ほど経ってようやくここが自分の家だといえる実感がグレートの中に沸いて来ていた。
 ジェットも狭いながらも二人の新居としては上々だと、ロンドンに慣れる為といいつつ職探しの合間に骨董市やフリーマーケットを覘いてはアンティークな家具を買い込んできていた。最初は古びたソファーしかなかった部屋も、今ではそんなジェットの苦労のおかげで一通りの家具が部屋の中に配置されていた。
 そうして、これからは二人の暮らしが本格的に始まるところであったのだ。
「どうした」
 足を止めたジェットをグレートは振り返った。
 視線を下に向けて、ジェットはグレートの視線から表情を隠している。
 その理由をグレートは分かっていながらも、ジェットの反応を見たくて敢えて聞く自分にグレートは小さな笑いを零した。
「お前さんの就職の祝杯を上げた帰りなんだ。景気の悪い顔もないだろう」
 その台詞にジェットはようやく顔を上げた。下唇を軽く噛み、恨めしそうな瞳の色を見ると、年甲斐もなく心が浮き立つことを止められない。ドイツ人の友が年寄りの冷や水も大概にしておけよ、と寄越した忠告も右の耳から左の耳に擦り抜けていったくらいなものなのだ。
「ナニ、考えてんだよ」
 呟くような小さな声をグレートは聞かなかったことにして、台詞を続けた。
「本当にお前さんは運がイイ。このご時世で簡単に仕事が見つかるとはね。まあ、希望していなかった職種だが、お前さんが嫌いな仕事じゃないんだ。俺達みたいなヤクザな連中を雇ってくれるだけ、それだけで、ありがたいったもんさ」
 そうだろう、とわざわざジェットを下から覗きこむような仕草までしてみせる。ジェットが自分に対して何が言いたいのか分かっていて、わざと話しを逸らせている。別にその話題を振られたからといって、どうということはないのだが、ふざけた態度を止めようという抑止力がどうしたか今夜は、いやジェットに対してだけは働かないのだ。
 役者としての本能はサイボーグになったとしても、心に深く根付いていて、戦いの中ですら自分はサイボーグであると同時に、人であると同時に役者なのだと自覚することが度々ある。
 ジェットとの関係だとて、決して溺れない根拠のない自信があった。
 年上の伯父様的なイギリス紳士を何処までも演じられるのだと何処かで自負していたが、恋愛という幕が開いてからようやく自分に振られたのは、イギリス紳士の役ではなく、年甲斐もなく随分と年下の恋人に骨抜きになった情けない中年男の役であったということに気付かされてしまった。
 これが役柄であったのだとしたら、文句はないのだが、如何せん、その役どころは余りにもグレートという人間の本質に近すぎるものがあったのだ。
 日々を重ねるうちに、何処までが本質なのか何処からが役どころなのか、本人にもその境界線を見つけることが困難になって行く。役者人生の間では確かに、自分と役とが混同することはあったが、この恋愛については聊か事情が違いすぎる。
「そりゃぁ、偶然だし……。希望してた仕事じゃないけどさ」
 ジェットは困惑した顔でグレートの顔を伺っているのだ。
 地下鉄の最終便が出てしまったこの時間、このイズリントン地区は住宅街の為出歩いている人間もいなく、路上にはジェットとグレートの二人だけであった。
「あんたが、祝ってくれたのは嬉しいけどさ」
 ジェットはグレートとロンドンで暮らすにあたって、ロンドンでの仕事を探していた。NYでは、オフィスからオフィスへ書類を届ける自転車便の仕事をしていた。元々、オフィスに閉じ篭っての仕事をすることに向いていないジェットにはもってこいの仕事であった。
 ロンドンでも、似たような仕事を探してはいたのだが、なかなかジェットを雇ってくれる会社は見付からなかったのだ。
 職探している間に、ぶらりと立ち寄ったアクセサリーショップでオーナーだという女性が、ジェットがしているネックレスは何処で手に入れたものなのかと尋ねて来たのだ。
 それはジェットが趣味というか自分で作ったものであった。
 金属を使ったアクセサリー作りはジェットの少ない特技で、それを見出したのはフランソワーズだった。ジェットがフランソワーズの為に銀のネックレスをプレゼントしたのが切っ掛けで、彼女はジェットに自分でデザインしたアクセサリーを作ることを薦めたのだ。
 そのほとんどはフランソワーズと自分の為だけに作っていたし、それで仕事が得られるなどとはジェットは考えてもいなかった。
 オーナーの女性は、自分で作ったというジェットに対してこの店で働かないかと持ちかけてきたのだ。接客している以外はショップの工房でアクセサリーを作ればよいし、出来たものを店で売ってもらいたいとそういって笑った。
 自分はアメリカ人で、伯父と一緒に暮らす為にロンドンに遣って来たのだと、話すとそんなの関係ないわと彼女は笑う。赤毛のショートカットで鼻頭にそばかすの浮いた彼女はフランソワーズとは似てもいないのに、その表情は何処か類似するものがあってジェットの警戒心を簡単に解かせてしまう力強さを持っていた。
 それからとんとん拍子で話しは決まり、グレートに保証人になってもらったジェットは来週からその店で働くこととなったのである。
 雇用契約を結ぶ為に店を訪れたジェットは、グレートとその店から程近いイタリアンレストランで待ち合わせをして祝杯を上げた。
 ワインを飲んで、料理を楽しんで、二人はほろ酔い気分で店を出た。店を出た瞬間に雨が降り始め傘を持たずに出掛けてしまったジェットの為、その近くにあるパブに二人で駆け込んだのである。ジェットはロンドンに来て半月であったが、パブに入るのは初めてであったのだ。
 実はグレートは、新しい今の住処に引っ越す前はこの界隈のアパートに暮らしていて、そのパブは行きつけの一つであったのだ。
 レンガ造りの古い建物のドアを潜り、レンガの階段を10段程下りると広くはないが、柔らかなオレンジ色の光に照らされた空間があったのだ。
 全てがカウンター式で、椅子などはほとんどない。
 仕事の帰りに軽く引っ掛けて帰る類のパブであり、つまりこの界隈で仕事をしている人達の社交場ともいえなくもなかった。
 実際にジェットを連れて入って来たグレートに何人かが手を上げて挨拶をし、髪が全て白髪のバーマンは黙ってグレートの前にはウィスキーマックを置き、お連れさんはと礼儀正しくジェットではなくグレートに聞いた。
 グレートが視線をちらりと流しただけで、バーマンはそれで得心したのかジェットに前にラガービールを差し出した。
 ジェットはきょろきょろとパブの内装を物珍しそうに見ている。
 目の前に置かれたラガービールを口に含みながらも視線は店内を彷徨うことをやめようとはしない。
 グレートはそんなジェットの様子が微笑ましくてならなかった。
 自宅に戻れば、きっと嬉々としてパブに行ったことをフランソワーズやアルベルトに報告するに違いないだろう。その後姿を想像するだけで、自分の心もグレートは浮き立った。
 周りに遠慮しながら、ウィスキーマックを傾けるグレートの耳元に顔を近付けて小声で質問を寄越すジェットに答えてやっていた。
 何度目かジェットが耳元で、あんたが飲んでの何? と問い掛けて来た時、グレートの背後から声が掛かった。ダミ声の男だ。
 このパブの常連でインテリなグレートに何かと突っ掛かってくる男であった。
 その男がグレートの連れであるジェットを見て、インテリはオカマが多いらしい。と二人の関係を揶揄する台詞を吐き出す。周りの人間も顔をそっぽ向けて、この男を相手にするのは馬鹿馬鹿しいといわんばかりの態度で誰も諌めようとする者もいない。
 グレートはだからどうしたとまるで喧嘩は買うと言わんばかりの返答をする。
 争いを好まない男にしては随分と好戦的な態度で、一瞬、アルベルトが乗り移ったかと思わせる口調で相手を威嚇する。
 相手の下卑た台詞の連発にジェットが反論しようとするのをグレートが押し留める。
 その仕草にジェットは安心したし、グレートなら口先だけでこんな男こてんぱんにしてくれると期待をしていた。
 でも、実際は違ったのだ。
『我輩に対する嫉妬かね。お前さんの古女房とは、比べ物にならない別嬪さんだろう。いや、すまない。男やもめにこいつは毒だったかね。若くて、別嬪で、何よりも我輩に従順な恋人が羨ましいかね』
 とそう言ったのだ。
 それを聞いた瞬間、ジェットは自分の耳を疑った。英語と米語に似ているが、微妙な言い回しも全く異なる部分がある。だから、自分が聞き違えたのかと一瞬、思わなくもなかったが、男が茹で上がった蛸のような顔をしていることを見れば、グレートの台詞が聞き違えでなかったことを証明しているも同然だ。
 グレートは公衆の面前でジェットが恋人であることを認める発言をしたのだ。相手の男に対しての嫌がらせとも受け取れなくはないし、そのパブにいた客の半分は男に対する嫌がらせと取り、残りの半分はそれを事実だと受け取った。
 グレートの台詞を否定しようとするジェットの腕を取り、グレートはカウンターの上に紙幣を置くと優雅に帽子まで脱いで挨拶をする。まだ男に何か言いだけなジェットの腕を引っ張るようにしてパブを出て行った。
 それ以来、ジェットはグレートに何を言ってよいやら分からずに微妙な距離を保ったままでいたのだ。
「どうして、俺達が恋人同士だって認めるようなことを言ったんだよっ!!」
 グレートはさてと視線を暗いロンドンの空にと向ける。この何処かとぼけた表情にジェットは次第に腹が立ってくるのを止められなかった。
「何、考えてんだ。もうあのパブに行けないかもしれないじゃないか。あんたがオカマだのゲイだのとからかわれるのは嫌だ。そりぁ、オレ達男同士だけど、でもイヤだ。少なくたって、それが噂になってるだろうし、あそこにいた半分の連中が信じてた。好奇の目で見てたし、オレ達のベッドの上を想像してるって顔した連中までいたぜ。下手したら、あんたがオレに突っ込まれてあへあへいってんの想像してたかもしんねぇぜ」
 ずっと考えていた言葉達が上手く纏まらなくてジェットは更にそんな自分にも腹を立ててしまっている。
 グレートの態度に絶望したのではない。
 そんな生易しい関係ではないことも、ジェットは良く分かっている。どんなに彼が自分を大切に思ってくれていたかなんて、誰に教えてもらわなくても自分が一番良く知っていることだ。
 ひねくれた子供から脱皮することが出来ない自分の精神的な未熟ささえ、個性だと受け止めてくれた。今更、何処に惚れたかなんて説明できないけれども、でも、グレートを好きになってしまっていた。
 父親の顔も知らずに育ったせいなのかもしれないが、グレートの年頃の男性にジェットは昔から弱かった。でも、それは切っ掛けなのであって、今はグレート以外の人物では意味がない。
 いつも自分を優しく包んでくれるそのグレートの持つ雰囲気はジェットにとって安心出来るものになっているし、それがなくては不安になる自分がいる。付き合っている相手がいるというと、何かと兄貴風を吹かしてあれこれ言うアルベルトも、その相手がグレートだと教えると、何も言わなくなった。
「あんたとのこと恥じてるわけじゃない。一緒に暮らさないかって言ってくれた時、嬉しかった。あんたがあんなこと言うなんて思ってもいなかったから……さ。でも、やっぱ、来たらいけなかったのかな。オレ」
「気にするな」
 グレートはジャケットのポケットに手を入れたまま、ただ笑うだけだ。ジェットにはグレートが何を考えているのか分からない。確かに、グレートは人を韜晦する術に長けている男だ。その口唇から漏れる言葉自体が催眠術なようなもので、人の心を操り、気持を傾けさせる力を持っている。
 イワンのようにテレパシーが使えれば別なのだが、フランソワーズですらグレートには騙されてしまうことが多い。心音や発汗の程度、瞳孔の動き等々でフランソワーズの相手の心理状況を読む術に長けているのだ。そのフランソワーズですら、だまされるこの男の本心は未だ恋人という立場にあるジェットですら霧の中にあると感じている。
 愛されているということは、肌を重ねれば分かる。
 抱き合ってグレートが逐情する瞬間、胸に耳を寄せれば、心臓が早い音でリズムを刻み、うっすらと頭に汗をかき、ジェットの体内に感じているのだという証を注ぎ込む。これは芝居ではないということは、肌を重ねることにより相手の気持を察することを経験で会得したジェットだからこその確信であった。
「するっ!! こういう噂は広まるのが早い。それで仕事を辞めさせられたりしたらどうすんだよ」
 ジェットも自分で何を言ったらよいのか更に分からなくなっていた。あの男のグレートの卑下した言い様は決してあの男だけのものではなく、同性を恋人に持つ者に対して向けられる一般的な感情の一つの類型である。いくら世間の理解が深まったといっても、嫌悪したり卑下する人達がいなくなったわけではない。
「そうしたら、お前さんに食わせてもらうさ」
 グレートは今度はニヤニヤと笑ってみせて、更にだったらベッドではもっとがんばらないとだめだなとの類の台詞を付け加える。
「グレートッ!!」
 どんなにジェットがグレートを恋人としてだけでなく、年上の一人の男として敬愛しているのかグレートには理解してもらえないだろう。たまたま恋人の場所に納まることができたのだが、そうでなかったとしても、敬愛という感情はグレートに対して持ち続けていたい違いないのだ。
 だからこそ、自分が原因でグレートを貶めるような発言をされると腹が立ってしまうのだ。もし、アルベルトやジョーが一緒にいて同じようにからかわれたのだとしたら、自分はこんなに感情に振り回されることはなかっただろう。これは良い機会だとばかりに相手をのしてしまうか、相手をからかってやるか、いくつもこういう連中を上手くかわす方法なんて経験から両手で足りないくらいに知っている。
「年下の可愛らしい恋人にそうも責められると、おじさんは困ってしまうな」
 何処までもとぼけたグレート台詞だ。
 何をいっても手応えがない。
 時折、こんな議論というのか口論をすることがある。一方的にジェットが吹っかけてそれをグレートがのらりくらりとかわしている間に、ジェットが癇癪を起こしてお開きとなるパータンである。
 端から見ていれば、それは他愛のない恋人同士の喧嘩にしか見えないのだが、実は当人同士は結構真剣だった。ジェットはもちろんのこと、のらりくらりとした態度もグレートにしてみれば、ジェットに相対して出来る理性を保つ少ない方法の一つなのである。
「我輩は年甲斐もなく、浮かれておってな」
 グレートの台詞の意味をジェットは真剣に考えようとするが、グレートと浮かれるという単語がどうも上手く結びついてはくれない。
「浮かれる?」
「我輩は、ジェット、お前さんよりも随分と年上だ。お前さんと釣り合いのとれる程の色男でもない。うだつのあがらぬ、しょぼくれた中年の親父だ。それでもイイと言ってくれるお前さんが愛しいし、可愛くてならない。取り柄のない中年の親父のただ一つの取り柄はお前さんにみたいに別嬪な恋人だけなんでな。つい、自慢したくなっちまったんだ」
 ジェットはグレートに別嬪と評されることが嫌いではない。不思議とグレートの口から出るととても心地の良い褒め言葉に聞こえてしまうのだ。それは決して、女性扱いをしているのではなく、グレートという人間が試行錯誤の結果、セレクトした言葉だということがジェットには理解出来るからだ。
「すまなかったな。却ってお前さんに迷惑がかかっちまった」
 困惑したように垂れ下がった眉毛を更に下げる。
 それだけで、ジェットの心は満たされるのだ。時折、愛されている自信はあっても、どのように愛されているのか分からないことが多過ぎる。そして、年上のグレートが余裕を持っていることが面白くないと思うことも度々あって、その不満をフランソワーズやアルベルトにぶつけたこともあった。二人が笑っているだけで、その点に関しては確かな答えを寄越さなかった理由が今になって初めて分かった。
「グレート、あんたって」
 ジェットは思わず駆け寄って、グレートに抱きついた。ジェットの方が背が高い為、グレートの頭をジェットの両腕が抱き込む形になるが二人ともそんなことは気にならない。
「おいおい。公衆の面前じゃ」
「いいよ。浮かれてくれよ。こんなオレが自慢ならいくらでも自慢してくれよ」
 不安な気持がまるで霧が晴れるが如くに、ジェットの心から消えていった。釣り合いが取れないと僻んでいた部分があるのは事実だった。グレートとアルベルトが何やら難しい哲学的な会話をしていたとしても、ジェットにはその意味がちゃんとは理解出来ないのだ。二人の表情や理解出来る単語を拾って、何と無くこんなことを言っているのだろうと想像するのがやっとだった。
 愛されていないとは思わない。
 ベッドの中でのグレートは情熱的で時には困惑してしまうことがあるくらいなのだから、それは違えていない自信はジェットにあった。
「我輩も困っているのだよ。押さえようと思っても、それが押さえられない。お前さんが一緒だと思うと年甲斐もなく……」
 グレートの台詞をジェットの口唇が塞いだ。これ以上、自分が知らない口説き文句を乱発されたら、路上で腰砕けになってしまいそうだったから、自分なりの方法でジェットは嬉しさを伝えようとした。
 それは、濃厚な恋人同士のキスであった。グレートの禿げ上がった頭をジェットはうっとりと愛しそうに手付きで撫で回し、自然と腰をグレートの躯に押し付けていた。
 愛飲しているパイプ煙草の苦い味と先刻のウィスキーマックの味がする。
 その恋人の匂いを堪能してジェットが今度は恋人の顔を見ようと、少しだけ口唇を離した瞬間、グレートはその手でジェットの口を塞いだ。そして、押し付けられている細に腰をぐっと自分の方に抱き寄せる。
「続きは、我輩達の愛の巣で、というのは如何ですかな」
 芝居がかった台詞を零したグレートにジェットははにかんだ笑みを添えて小さく頷いた。
 グレートがジェットを開放し、ジェットは手の甲で口唇を拭った。嬉しいような恥ずかしいような気持で、家路に向かおうとしたジェットに自然とグレートの手が差し出される。ジェットはその手をしっかりと握り、1歩だけグレートの後に陣取った。グレートに引っ張られるような形で二人の自宅に向かってジェットは歩き始める。
 こうしてグレートの背中を見るのはとても大好きだ。
 猫背気味のしょぼくれた背中が大好きでたまらない。
 禿げ上がった頭部もキスの雨を降らせたいくらいだ。
 そして何よりも、グレートの意外にシャイで照れ屋で、自分との恋愛に浮かれてくれている部分がジェットは嬉しくてたまらない。洒落たイタリアンレストランで一緒に就職の祝杯を上げた瞬間よりも、ずっとグレートが好きだといえる。
 グレートという人を知れば知る程に好きになっていくような予感をジェットは覚えている。
 深夜のアッパー・ストリートに響いているどこか浮き足立った二人分の靴音だけが、何時までもジェットの耳に残っていた。





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