体育祭 〜青い山脈シリーズ〜



『恋人あるいは、恋人にしたい人』
 そう書かれていた。
 それを見たアルベルトは意を決して、一年生がいる場所を目指して走り出す。
 彼はBG学園高等部の三年生である。三年生恒例の借り物競争はユニークで自分の気持ちと向き合わないと借りれない代物が多く含まれていて、毎年盛り上り、カップルが大勢出来たり、新しい交友関係が生まれたりするのだ。
 恋人にしたい相手はいる。
 好きだと告白はしているのだから友達以上恋人未満というところだろう。
 返事こそはもらっていないけれども、その相手もまんざらでもない様子で自分に付き合ってくれるのだ。
 親友のピュンマと自分が恋人同士だと噂があるのだから、ピュンマに頼み込んで装ってもらうことも出来たのだろうけれども、それはしたくないと思った。
 アルベルトが思いを寄せる相手には、当の本人には自覚がないがライバルが多いのだ。
 自分は3月になれば卒業してしまうし、年が明ければ通学してくる日も少なくなり学校で会う機会はなくなるであろう。今までは、朝、昼、帰りと時間が許す限り彼と過ごしていたのだけれども、そうはいかなくなる。
 現在の二人の関係は、教師に頼まれて面倒を見ている上級生と一年生であるとしか認識されていない。しかし、自分が卒業してしまえば、保護者がいなくなったとちょっかいを出そうとするバカモノが出てこないとも限らないのだ。
 そういう連中を権勢する為にも、とアルベルトはそう思ったのである。
 次期生徒会長とも呼び名の高い優等生の島村ジョーと笑いながら一番前の席で観戦していたジェットの前まで行くとその手を差し出した。
「ジェット!!」
 名前を呼んで、右手を差し出すと迷わずジェットのその手を掴む。アルベルトはぎゅっと握り締めるとゴールに向かって走り始めた。
 ジェットは何も言わずについてくる。
 それ程にジェットはアルベルトを信頼しているのである。家庭の事情で登校できても教室に行くことが出来なかった自分と保健室で過ごしてくれた。怖いというジェットに根気よく付き合って、勉強も教えてくれ、夏休みに入る頃には、心の病も克服して教室で普通に授業を受けられるようになったのだ。
 だから、ジェットはアルベルトに感謝をしているし、アルベルトが大好きであった。
 頼まれたら自分の出来ることを精一杯してあげたくてたまらない。でも、アルベルトは優秀すぎて自分がしてあげられことなどないのだ。でも、借り物競争の借り物が自分でなくてはならないのなら一生懸命借り物に相応しくなろうとジェットは走りながらそう思っていた。
 二人は一等で手を繋いだまま白いテープを切った。
 審判とマイクを持った実況中継担当の放送部員がゴールした二人に、借り物の判定をする為に近寄ってきた。
 アルベルトは借り物を指示したカードを差し出す。
「『恋人あるいは、恋人にしたい人』とありますが、間違いないですか」
 心配の声が放送部員の差し出したマイクから全校に響き渡る。
「間違いないです。俺は、ジェットが好きで、恋人として付き合いたい」
 マイクを通してアルベルトの二度目の告白は全校生徒に響き渡った。そう、これは借り物競争名物でカップルになりそうでならない恋人未満の人達の為に実際は体育実行委員が体育祭のレクリエーションとして水面下で画策しているのだ。
 アルベルトは薄々気付いていたが、嵌った振りをする。
 今まで逃げていたジェットも公衆の面前では逃げないだろう。
 何が起こっているのか把握出来ずに、きょとんとしているジェットの腕をがっしり掴んでアルベルトは畳みこみかける。このチャンスを逃してはなるものかとの気迫すら感じられた。
「付き合って欲しい。ジェット」
 最初は何が起こったのか理解していなかったジェットだけれども、自分の前ではいつも穏やかだったアルベルトのいつにない迫力と、皆が注目しているという緊張感とで追い詰められていく。どうしたら良いのだろうと悩んでいる背後で『はい、だろう』と声が聞こえた気がした。
「はいっ!!」
 その声に後押しされる形で、つい応えてしまった。
 その瞬間、校庭に怒号が響き渡り、ファンファーレが鳴り響く。
「??????」
 ジェットは何が起こったのか、一向に理解できずに、アルベルトに縋るように手を伸ばしてTシャツの裾を掴むと、アルベルトも握り返してくれて、行こうとジェットを促して堂々と歩き始めた。
 盛り上る生徒達を尻目にアルベルトは何事もなかったかのように、校舎の方にと姿を消した。
 二人の姿が見えなくなると、ファンファーレも止み、競技の続きが再開された。
 恒例行事だからして生徒も慣れたものなのである。
 今年は何組のカップルが誕生するのかと、全員が楽しみにしているし、密かに誰かに心を寄せる人達は自分がジェットのようにならないかと夢を見る。
 校舎の方に消えた二人がどうなかったかは……。





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