文化祭 〜青い山脈シリーズ〜



「笑うんじゃねぇ」
 ジェットは頬をぷうと膨らませて、可笑しそうに笑うアルベルトの足を踏みつけた。
「分かった、分かった」
 しかし、本気で踏みつけているわけではないから痛くはないが、気の毒になって笑うのを止めた。本日のジェットは制服姿ではなく、青と白のストライプの生地で作られたウェイトレスの衣装といういでたちである。
 ジェットのクラスの出し物はあべこべ喫茶で、男子生徒はウェイトレス、女子生徒はウェイターの格好をしての接客であった。もちろん、ジェットもウェイトレスの格好で忙しく働いていた。
 部活動や生徒会の仕事があるものは、比較的クラス主催のあべこべ喫茶での仕事の時間は少ないが、そういったところに所属していない人間はクラスでの仕事の時間が多くなり、必然的にジェットはほぼ一日、あべこべ喫茶に拘束されることとなった。
 アルベルトも生徒会を引退したからといって知らぬ顔は出来ない。体育祭に続いて文化祭と秋はあまりの忙しさに引退した連中も担ぎ出されるのは毎年のことで、アルベルトも文化祭の手伝いに追われていた。
 本当なら一緒に校内を見て回りたいのだが、お互いにそれも許されず二人は保健室でお昼を食べる時間だけはどうにか確保するのが精一杯であったのだ。
「盛況みたいじゃないか」
「まあね。うちのクラスにコーヒーマニアがいてさ。奴が煎れるコーヒーが美味くって、盛況だしよ。それに、ジョーのウェイトレス姿を目当てにすげぇ人だったし……、おかげで朝から超忙しくって、昼飯ぐらい食わせろって、ようやく逃げてきたんだ。ああ、これ食っていいんだろう」
 ジェットは収まりがつかないのかふわりと広がったスカートをたくし上げると、もう一度椅子に座り直した。そして机の上に積まれているアルベルトが持ってきた食料を物色している。
 この食料はアルベルトが元生徒会役員の権限を利用して、警備の為の校内巡回時にあちこちから掻き集めてきたもので、もちろんそれはジェットに食べさせる為であった。
 そんなジェットの姿を見ながら、分かってないなとアルベルトは思う。
 ジェットがいうところのジョー目当ての客の半分はジェット目当てだろう。自分の魅力に気付いていないのは、なんともまあジェットらしいといえばらしいのだが。多分、彼はそんなこと気付かないのだろう。
 そんな魅力に気付いて、自分をその魅力で振り回されたら嬉しい反面身が持つのかアルベルトには自信がない。
 今だって、愛らしいウェイトレス姿のジェットにキスしたくてたまらないからだ。
 体育祭のどさくさに紛れて告白をしたし、ジェットから快い返事を貰ったのだが、それ以降、関係が進展したかといえば全くしてはいない。
 一緒に昼食を食べるのは4月からの習慣というだけのことで、特別なことではない。恋人といってもよい関係になってから一度もデートはおろか、恋人らしく手を繋いだことだってない。
 体育祭で手を繋いだのが最初で最後だったのだ。
「出来たら、クラスに戻って欲しくないな」
 アルベルトの突然の申し出に、ジェットはみたらし団子に齧りついたままのきょとんとした表情をする。
「こんなに可愛いジェットを、皆に見せたくないって言ってるんだ」
「ナニッ!! 馬鹿なこと言ってんだ」
 口の端にみたらし団子のタレをつけたまま、ジェットは顔を真っ赤にしている。告白されてから何度も一緒に昼食を食べているのに、こんなこと一度も言わなかったし、まるで告白されたことが嘘のように以前と変わらないアルベルトにジェットは戸惑っていたのだ。
「みたらしのタレがついてる」
 アルベルトは全く関係ないことを言い、ジェットの方に手を伸ばすと頬にについたタレを指先で拭い、それをぺろりと舐めた。
「な、な、な……」
 いつもこんなこと当り前にあった。口の端や頬につけたソースやマヨネーズをついていると笑いながら拭ってくれたことなんてしょっちゅうだったのに、どうして今日はこんない恥ずかしいのかジェットには分からない。
 ジェットは手にしたみたらし団子を困ったようにクルクルと回している。それ以外にどうしたらよいのか検討もつかないのだ。
「汚れる」
 そんなジェットの手をアルベルトが掴んで、止めさせる。
「だっ……」
「まだ、ついている」
 えっ? と言う間もなくアルベルトの顔が近付いてきた。
 口の端をぺろりと舐められて、びっくりしてつい身体を堅くしてしまった。突然のことでキスをされるかと思ってしまったのだ。しかし、そんな自分を心配ないと優しく宥めるようにアルベルトは抱き締めてくれた。
 キスじゃないのに、でも心臓がドキドキしていて、顔は真っ赤だった。
 このままキスしたいとアルベルトは思ったけれども、ジェットもキスされたいと思ったけれども、互いに身体は言うことをきかなくて、アルベルトを呼び出す校内放送がかかるまで二人は抱き合ったままでいた。
「行かないと……な。そいつ全部食べていいから」
 アルベルトは顔を真っ赤にしたままジェットから離れると背を向けた。そしてジェットも俯いたままうんと返事を返す。
 恥ずかしくてお互いの顔が見られなくて、アルベルトは振り返ることなく保健室を後にした。
 ドアがぴしゃりと閉まると同時に、ジェットは顔を上げた。
 窓のガラスの部分に僅かにアルベルトの後姿が映り、その姿が完全に見えなくなるまでジェットは静かに見送っていた。
 そして、そうっと舐められた唇の端に指を当てる。
 あの体育祭での告白は、本気だったのだと再確認をした。
 嬉しいけれども、恥ずかしくて、ジェットは独りで顔を更に赤くしていたが、やがてそんな恥らっている自分を振り払うように、アルベルトが消えたドアに向かって舌を出した。
「キスぐらいで照れんじゃねぇよ。チクショーッ!!」





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