卒業 〜青い山脈シリーズ〜



 校内は静まり返っている。
 数時間前の厳かだが、大勢の人々が集っていた気配はなくなってしまった。
 ジェットは椅子に座ったまま、溜息を零す。
 卒業式の式典の最中、卒業生代表の挨拶でアルベルトが舞台に上がった瞬間、たまらなくなって気分が悪いと、体育館から出て来てしまった。そして、そのまま保健室に向かったのだ。
 今日の予定は卒業式だけなので、荷物は持って来ていない。
 一緒に、抜け出して保健室まで来てくれたジェロニモも精神的な問題だと見抜いて、ゆっくり休んでいればよいと、ジェットを一人保健室に置いて卒業式典へと戻って行った。終了後、一度顔を出したけれども、職員会議があるとかで、再び、保健室にはジェット独りとなっていたのである。
 この部屋で、アルベルトと初めて出会った。
 お昼をここで一緒に食べたり、時には、勉強を教えてもらったりもした。
 初めてキスをしたのもこの場所だった。
 卒業したから、恋人でなくなるわけではないけれども、校外であまり会うこともなかったし、独り暮らしであるジェットのアパートにもアルベルトは決して入ろうとはしなかった。デートの後、部屋の前まで送ってくれるが、そこで帰っていってしまう。
 二人の時間のほとんどは学校の中であって、そうでない場所で二人っきりで過ごすのにはどうしたらよいのか未だにジェットは戸惑いを持っている。
 だから、卒業してしまうことが不安だった。
「ジェット、探したぞ」
 卒業生の証である白い造花を胸に飾ったアルベルトが荷物を持ったまま、保健室に入って来た。
「あ、うん。卒業、おめでとう」
 晴れやかな日だと分かっているのに、どうしても笑顔が作れない。ホワイデー以来、会っていないことも原因なのだろうか。
「ありがとう」
 アルベルトはいつもと変わらない口調で、そう言う。持っていた卒業証書やいくつかの荷物をテーブルの上に置くと、ジェットが居る窓際のいつもの指定席までゆっくりと歩いて来る。
「ジェット、色々とありがとう」
「うん」
 そう言われるとまるで、別れを告げられるようなキモチになって、更に切なくなってしまう。大学に行ったら、綺麗で頭の良い、アルベルトにお似合いな人達が沢山いるだろう。その内、自分なんかには見向きもしなくなってと、ジェットはつい後ろ向きな考えを巡らせてしまうのだ。フランソワーズに悪い癖だといつも怒られるけれども、止められない。
「そして、これからも、よろしく」
「えっ?」
「それに」
「?」
「余り余所見をしないで欲しいもんだな。俺の晴れ舞台だっていうのに、お前は体育館抜け出してしまうし……」
 見たかったけれども、見たい気持ちと見れない気持ちの天秤は見られない方に傾いてしまったのだ。
「違う。もう、会えないかと……」
「会えるさ。ジェットが来るなっていうくらい、会いに行く。構わないだろう?」
「本当? 大学に行ったら、忙しくて会えなくなるかって……、思ってた」
 アルベルトはそんなジェットが可愛く見えて仕方がない。つい抱き締めてしまっていた。けれども、ジェットは抵抗せずにアルベルトのウデノナカに収まっている。
「なあ、オレんち遊びに来てくれる」
 来てくれないことが、ずっと引っ掛かっていたのだ。
「行く、行かせてもらうよ。ジェットが来るなっていうくらい会いに行く。毎日でも会っていたいくらいなのに……」
「オレも」
 二人はそのまま抱き合っていた。
 学校では会えなくなるけど、違う場所で会えば良い。
 高校と大学と学ぶ場所は離れても二人の心は何も変わらないのだから、それを感じる方法も場所もいくらでもある。
「卒業、おめでとう。でも、恋人は卒業するなよな」
 ジェットは思い切って自分の気持ちをぶつけてみる。
 これっきりなんて、絶対イヤだったからだ。
 これからも、一緒に時間を過ごして行きたい。
「ああ、一生、留年してやるよ」
 アルベルトはそう言うと、ジェットの耳朶にキスをした。





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