ロンドンの片隅で



 こんな状況じゃ、誰だって眉間に皺を寄せたくなるってもんだ。
 だいたい、ねんねな女とくっちゃべってたくらいどうだっていうんだよ。
 筋金入りのニューヨーカーのオレがわざわざこのロンドンって街に来たのは誰の為っていうんだ。あんたと一緒に居たいからじゃないか。オレはあんたが来いって言ってくれたのなら、チベットの山奥だってついて行って、ヤギの乳搾りして、チーズだって作ってやるよ。
 それくらいオレはあんたに惚れてるんだ。
 中年だから、男だから、それが何だっていうんだよ。そんなあんただからオレは好きになったんだし、恋愛に対して決しておくびにも出さないけど臆病なあんたも大好きだ。
 でも、見くびるなってぇの。
 あんたを愛してるオレがどうして、他の人間と付き合わなけりゃならないんだ。確かに、仕事柄、沢山の女性や、その気のある男性とも会う機会は多い。口説かれることだってあるけど、それが何だっていうんだよ。
 オレの心の中にあるのはあんただけじゃないか。
 そんな移り気な男に見えるのかよ。
 辛いじゃないか、強引にでも抱きしめてくれたっていいじゃないか。
 嫉妬してくれたっていいじゃないか。
 あんたはオレと一緒に暮らし始めた頃、嬉しすぎて浮かれてるって言ってくれたじゃないか。オレっていう恋人が自慢だって言ってくれたじゃないか。
 あんたがあんたに相応しい年齢のレディとインテリな会話してるだけで脳みそが沸騰しそうになる。場所も弁えずにあんたに抱きついてキスを強請りたくなるよ。でも、あんたに嫌われたくないって一心で我慢してるさ。
 だいたいシスターと話しているあんた見ただけで悋気を起こしているオレは大概末期症状だと思うよ。
 それくらいオレはあんたに惚れてるってのにさ。
「あんた以外を見るな……って、言えよ」
 それでもグレートは黙ったままだ。
 仕事を終えて店を出たオレに常客の一人が走り寄ってきた。大切な話しがあるから付き合ってもらえないかと言われたが、だいたい話しの内容は検討がついていた。何よりもグレートと待ち合わせをしていたから、オレにとってはそっちが気がかりだった。
 時間がないから手短にして欲しいと伝えると、常客の女性は、好きだから付き合って欲しいといってきた。
 年の頃は18歳ぐらい、まあ、オレの外見はせいぜいはったりかましても25歳程度が限界だ。さすがにそれ以上に見せるのは至難の技なのである。
 別にその娘がどうこうというわけではない。
 オレにはグレートというれっきとして恋人がいるのだ。
 今更、他の誰とも付き合う気は起こらない。
 肉体的にも、恥ずかしい話しだが、満足している。
 セックスフレンドすら捜す必要はないんだ。
 一応は客の一人なので、やんわりと断りを入れているところに、グレートがやってきた。
 その場面を見たグレートは、困ったように下がり気味の眉を更に下げて、ああ、いいんだとでもいうように掌をオレに見せると、背を向けてすたすたと歩いていってしまった。
 その子を置いて、グレートを追いかけようとした瞬間、別の女性に肩を捕まれた。その女は客の親友だというのだ。数度は彼女と一緒に店に来たことがあるのかもしれないが、オレには見覚えはなかった。
 付き合う意思は全くないし、今後、彼女と付き合いたいと思うこともない。と何度言っても彼女の友達は彼女の良いところを並べ立てて、付き合わないという方が可笑しいとまくしたてるばかりで話しにならない。
『ああ、ごめん。オレ、中年のしょぼくれたスキンヘッドのおやじにしか興味がないんだわ』
 って、オレは言っちまったんだ。
 その台詞に凍り付いている二人を置き去りにしたまま、オレは必死でグレートの後を追いかけて帰宅した。
 案の定、帰宅するとグレートは困惑した顔のままソファに横たわっていた。
 そんなグレートの首の後ろに腕を回して、強引に起き上がらせて顔を近づけて逃げられないようにしてやる。
 恋愛に弱気のグレートは嫌いじゃないんだ。
「あんたのオトナのテクニックでメロメロにしてやるって、言ってくれたっていいじゃん」
 ああ、本当だ。
 ベッドの上では強引な部分があって、オレが悲鳴をあげたって許してくれないくせに、どうして、こういう時はこうも弱気になれるんだ。
「ジェット」
「オレはあんたを愛してるんだ。信じられないってんなら、躯にたっぷりと教えてやる」
 オレの宣言にグレートの困惑した瞳が僅かだけ動いた。
 でも、オレにはそれで十分だ。
 グレートの心が動いた証だと思うから、困惑したままのグレートを強引にソファに押し倒して、パイプ煙草の匂いのする口唇に自分の口唇を強く押し当てた。





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