生死から開放され偏在する自由
「あいつは、何だったんだ」 アルベルトの疑問にジョーはさあねとだけ答える。 再改造を終え、昔と同じとはいかないまでもサイボーグの躯に戻れて実は安堵しているアルベルトがいたのだ。 生身の躯に焦がれないわけではないが、現状で生身の躯に戻りたいのではなく、例えあの時死が待ち構えていたとしても生身の人間でいたかったという願いであった。おそらくは生身に戻った者にしか体感できぬ不可思議な感覚であろう。 サイボーグである自分を取り戻したアルベルトは、サイボーグであった最後の疑問についての答えをジョーに求めた。過去サイボーグであった自分と現在サイボーグに戻った自分とを繋げる為にも聞いておきたかったことである。 幸い、ギルモア邸には自分とジョーの二人だけであった。 聞かれたら困るという話題ではないが、アルベルトは第三者にあの体験を聞かせるには躊躇いがあった。いや、正確に伝えられる自信がなかったのかもしれない。 自分達はあくまで兵器として開発されたのだ。 知覚したものを00ナンバー内で伝えられた情報に対して差異が出ぬように同じ価値で物事を見るということを訓練で身につけていた。 けれども、そういった技術では語れない体験であるとアルベルトは位置づけている。 ジョーもただアルベルトに自分が願ってしまったのだろうとしか伝えて寄越さなかった。あの不可思議な空間の中でどのような遣り取りがあったのか未だジョーは誰にも詳らかにしてはいなかった。 「僕にも、分からない。ボルテックス……の中で、補助脳内にもあのボルテックスと接触していると思われた時間に経験した外的な刺激に対するログが一切残っていなかったんだ。つまり、あれは僕の妄想だと完全には否定できないわけだよ」 「しかし、俺も感じた」 そう、あれは二人が同時に見た幻ではない。 自爆したはずのアルベルトが生身でしかも、地球に帰還したということ自体が奇跡であったし、それは00ナンバー達が地球に帰還した直後の再会であった。とすれば地球に帰還する間、アルベルトは何処でナニをしていたかということになる。 だが、アルベルトの体感ではそれ程長い時間ではなかった。 せいぜい一時間程度という感覚がある。 「どうして僕が君を生身の人間として蘇らせることを希望したのか、それを聞きたいんだろう」 ジョーもそれをずっと考えていた。 生身の躯に対する憧憬は持っているし、アルベルトを生き返らせて欲しいと願ったのも確かだ。けれども、アルベルトを生身の人間として甦らせて欲しいとは願わなかった。今更、昔には戻れない自分達をジョーは厭というほど知っている。 「ちげぇよ。俺が聞きたいのは、あれがナニモノだったかだ」 即答したアルベルトの口調には嘘がない。 ジョーにはフランソワーズのように相手の瞳孔の開き具合や、発汗、心音を感知することにより相手の心理状態を導き出すようなことも、イワンのように感情を読み取ることも出来ない。ましてや、グレートの如くに長年の経験で相手の心理状態を予測する技術を持っているわけでもない。 けれども、長年の付き合いから得た経験がそうジョーに判断を下させるのだ。 「分からない。でも、正直言うと、僕はあのボルテックスと接して心が安らかになった。母親の胎内に在った頃の記憶はもちろんないけど、そうあの不可思議な感覚を表現するには母親の胎内に居る……、そんな言葉が似合う気がするよ。僕は心を取り繕うということが出来なかったし、したいとも思えなかった。言葉で会話したわけじゃないし、意思を知ること到底無理だけれども、その存在は感じられた……、そんな気がする。君を失った悲しみを何ていったらいいんだろうね。現実として捉えられないといったらいいのかな。そんな感じだった。生き返った君を見て、驚きはしたけれども、ああ、やはりという気持が強かったし、君が再改造を望んだ時も納得できなかったけど、心の何処かでは……」 アルベルトはただ黙ってジョーの言葉を聞いている。捉え方は違うのは当り前で、遭遇した状況が違うのだから、けれども、遭遇したのはボルテックスと呼ばれる意思であることに違いないことが知れる。 「僕はあれからずっと、ボルテックスについて考えているんだよ。まだ何も纏まってはいないんだけどね。少し考えがまとまったら聞いてもらえるかな」 ジョーはそう言う。 「ああ、かまわねぇさ、あいつに遭遇したのは俺達だけだ。俺はあいつが俺達に接触して、死んだはずの俺を強引にあの世から連れ戻して、禅問答させた上に生身で蘇らせたのは、俺がサイボーグだからだ。そして、ジョー、お前に幾度も接触を試みたのはお前がサイボーグだったからだ。そんな気がしている。いや、随分と根拠の薄いというかない考えだがな」 ジョーはアルベルトのちらりとみせた思索の一端に非常に興味を示したようで、身を乗り出すようにどうしてなの? と次の台詞を促してくる。ここまで語るつもりもなかったアルベルトだが、この機会に自分がサイボーグとしての再改造を受けていた間に思索の旅に出ていた道程を話しておいたとしても悪くない気がしていた。 「随分、東洋的な考えだと思うがな……」 アルベルトは改まって、そう前置きをして語り始めた。 つまり自分達の躯の大半を構成するのは機械という物体である。機械そのものには魂も意思もなく、物理的な法則により存在している物体に過ぎない。 人間も同じように、物理的物質の変化に拠って生み出されたものだと言える。 しかし、生命というものは物質の特質な組み合わせによって発露するものであり、その上に機械等の物質にはない意思という特質を兼ね備えている。 人間を産み出すシステム、それを端的に表すとすればDNAになるであろう。 DNAの中には、種の保存。つまり、永遠にDNAというデータを保存し、それを繁殖させようとする強制的な意思がある。しかし、DNAの意思と人間の思考は異なるものであり、同じものなのだ。どちらも人間の体内に共生していて、常に互いを監視し干渉をし、更に反発と融合を繰り返し、それが人間の固体の特性、つまりオリジナリティとして具現化される。 しかし、サイボーグである我々は双方の特性を併せ持っている。 少なくとも機械に感覚や意思などは存在しない。あると思うのは使い手の感覚であり、機械そのものの感覚ではないのだ。 科学的には知覚できない感覚を機械の躯であるにも拘らず、自分達が享受できるのは、その無機質な物と生物としての特質な組み合わせにより発露した現象が複雑に絡み合った結果だ。常に生命は不安定な特性によって生み出される。不必要な部分を淘汰し、不適合な部分を削除し、あるいは、不必要とされる部分がサイボーグとしてある自分達の存在の特性に適合し、そのような様々な己ですら気が付かない進化の過程が体内で行なわれた結果として、サイボーグという特殊な生命体が出来上がったのだとしたら……。 ボルテックスにとって、我々サイボーグは特異な存在として映ったのではないのか。 「それじゃあ、僕達を新しい生命の種として捉えていたと……」 「ぶっちゃけ、乱暴に言えばな」 アルベルトも未だ全てが理路整然と語れるわけではない一つの思索の道程を示しただけなのである。 「君の言いたいこともわかる気がするし、分かりたくもない気もする。けど、あれが存在しているのは確かで、僕達は幸か不幸があれに遭遇する機会を与えられてしまった。それを運命だからと、享受するつもりはないけどね。でも、僕が確信を持って言えることは、あれは神ではない。つまり真理でもないってことだよね。だって、神は真理の代名詞でなくてはならないのだし、人が人として生きる為の意味を模索してきた長い歴史の中でどんな時代のどんな人も真理を追求しようとした、それは無味無臭で、重さもなければ形ともない。存在しているのだけども決して触れることの出来ないものであるはずなんだ。もちろん、それは僕の確証のない持論なんだけどね。ただ、それをどうにかして表現しようとした足掻いた結果が神や仏という存在なのだろう。だったら、少なくとも、あいつは神じゃない。例え、君を生き返らせることが出来る存在だったとしてもだ。だって、少なくとも、僕はあの存在を感じることが出来た。僕のような凡人が触れられたあれは、真理ではないよ。真理なのだとしたら、君が蘇ることは有り得ない。だって、君は神ではないのだから……」 ああ、僕もよく分からないのだけれども、照れ隠しのようにジョーは長く語った後で笑った。 二人は小さく互いに呟く、分かりはしない。 けれども、確かなことは二人ともあの存在を感じ、自らの中で変化が生じたということだけである。 ひょっとして、あの存在はサイボーグのいう新たな種を存続させる為に出会うべき、別の種であるのだろうか。 彼等もまた、サイボーグという種と遭遇して、種として新たな進化の段階を迎えるのかもしれない。それは、今の二人には知る由もないことなのである。 「俺にだってわかりはしないさ」 アルベルトはそう答えると、二人は先刻の饒舌さを忘れてしまったかのように黙ってそれぞれの日常にと戻っていった。いずれまた二人してこのことを語る日が来るだろう。その時には、少しはまともな答えを見つけておきたいものだと、そう二人は心密かに思っていた。 |
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