銀色の髪の彼



 仕事が終わり自宅に戻ったアルベルトは、アパートの玄関ドアが開いていることに対して然程驚きはしなかった。自分の予想より長く我慢出来た方だと、くすりと笑いを零して室内に足を踏み入れる。
 LDKが一体となった部屋と寝室の2部屋しかないこじんまりとしたアパートである。
 家具もほとんど備え付けで、自分の身の回りの物だけを持ち込めば良いのと、ウィークリーマンションのような賃貸契約を行使しているにも関わらず、建物の外観が、自分がまだ生身の人間であった頃を彷彿させるものがあって、感傷にかられたからというので借りたアパートである。
 いつまで、ドイツで生活出来るかわからないのだ。
 二人用の小さなダイニングテーブルの上には、空になったスナック菓子の袋や、ビール瓶、汁だけが残ったままのカップヌードル等々がどうやったらこのように散らかせるのかと疑問に思う程にところ狭しと置かれていた。
 そして、床にはバスルームに向かう道順に沿って洋服が脱ぎ散らかされている。アルベルトは一枚ずつ拾い上げるとダイニングテーブルの椅子の背にそれらを掛けて、寝室への扉に視線を移した。
 訪ねて来てやったのに留守をしているのが悪いと言いつつ、勝手に入ったのであろう。窓が割られている様子もないし、玄関の鍵も壊れていないので、どうやって入ったのかは追求するつもりはないが、暴れん坊な彼にすれば随分、おしとやかな訪問方法だ。
 勝手に部屋のあちこちを探索して、見つけたスナック菓子やカップヌードルを食べていたのだろう。棚の扉も開けたままになっている場所がいくつかある。ジェットが訪ねて来た時の為に、スナック菓子だの炭酸飲料だのを買い置きしていたなどとは気付いていないだろうと思うと、何故かアルベルトは嬉しくなってしまう。
 拗ねた声と瞳で、どうして連絡をくれなかったのかと怒るのだろうか、いや、それとも、日本を離れる時に、一緒に居て欲しいと言わなかったことに拗ねているのだろうかとアルベルトは考える。
 自分が帰って来たことに気付いているジェットは、早く寝室に入ってこないのかきっと焦れているのであろうから、これ以上、焦らすと自分の尻尾を噛んでしまいかねない、とアルベルトはすぐに子猫扱いしてしまう。18歳の男なのに、ジェットは子猫のように無垢で、純粋で、そして、やんちゃで、でも、愛らしくアルベルトの目にはそう映るのだ。自分で、どうかしてしまったのではないのかと思うこともあるが、でも、やはりそう見えてしまうのだから仕方ない。
「ジェット、来てるんだろう」
 寝室への扉を開けると、ベッドの上で赤みがかった金髪が拗ねたように揺れるのが視界に入ってくる。
 アルベルトはそのままゆっくりとジェットが横になっているベッドへと近付いて来る。
 目から上だけを出したジェットはじっとその様子を窺っている。アルベルトはそんなジェットに背を向けてベッドの端に座ると、襟足が跳ねるくせのある髪を鋼鉄の手で撫でてやる。仕事から帰って来たばかりで、皮の手袋をはめたままであったけれども、その軟らかな髪の感触が伝わってくるような気持ちになる。
 ジェットは何も言わずに、頭を撫でてくれるアルベルトに対して切ないという気持ちを抱いてしまうのだ。
 アルベルトは大人だと思う。
 ガキで跳ねっ返りの自分をどうして、好きになってくれたのか不安になることがあるのだ。アルベルトなら、フランソワーズや同じ歳だけれども落ち着いているジョーの方が似合いなのかもと思えたりもする。
 最初の頃はアルベルトを傷付けるようなことばかり言って、付け入るような真似をして、隣の場所を強引に空けさせた。短気を起こしてしまいがちな自分とは違い、アルベルトはあまり感情を顕にしない。だが、一度、火が点くと止まらない激情家だと知り彼の怒りをわざと煽り立て、関係を結ばせたに等しい。
 今は、それでも自分をそれなりに好きでいてくれるとは思うが、何を考えているのか簡単には読ませてくれない。
 アルベルトに会いたい一心でニューヨークから飛んできてしまったけれども、本当は不安だったのだ。普通の生活に戻ったアルベルトが新しい恋人を作っているかもしれない、女が彼の自宅に出入りしているのかもしれないと、様々な想像が脳内を駆け巡り、部屋に入るまではドキドキとしていたのだ。
 がらんとした部屋はニューヨークの自分の部屋と似ている。ただ、自分の部屋とは違い整然と物が片付けられて、掃除もまめにしているのか塵一つ見当たらなかったことだ。
 洗面所も確認したけれども、歯ブラシが一つしかなく、女が出入りしている様子はない。それがわかると、途端に安堵感が込み上げて来て、今度は留守にしているアルベルトに対しての怒りが募ってくる。
 あちこちを引っ掻き回して、見つけた食料品で餓えを凌いでから、洋服を脱ぎ散らかしてシャワーを浴びた。いつも、アルベルトに抱かれる前はシャワーを浴びることが多い。それを思い出し、熱を帯びる躯を持て余して、自分で慰めたけれども、やはり達することは出来ても虚しさだけが残っていた。
 ニューヨークに居た時以上に、あちこちに残るアルベルトの気配が余計にジェットに独りでいるという事実を突き付けてくる。
「アル」
「腹減ってるだろう。何か作るか?それとも外に食べに出るか?」
 確かにお腹は空いているけれども、心はアルベルトに餓えていて、もう餓死寸前という状態だ。
 ジェットは伸び上がるようにしてアルベルトの躯に腕を回し、顔を腰に埋める。伸ばした手でアルベルトのスラックスのベルトを外すと、素早くジッパーを下ろして、手を滑り込ませた。
「ジェット」
 アルベルトの瞳には驚きの色と苦笑の色が入り混じっていた。セックスに誘うのはジェットの方ばかりだ。厭々付き合ってくれているのではないことも分かっているけれども、アプローチをかけるといつもアルベルトは苦笑の色をその瞳に浮かべてジェットを見るのだ。
 手で扱くと簡単にアルベルトのペニスが次第に大きさを増していき、それに貫かれた感触を思い出すと、機械の躯であるはずなのに腰の奥が疼くのをジェットは感じる。離れている間、満たされることのなかった日々が強烈に蘇ってくる。
 激しく抱いてはくれないアルベルトを恨むこともある。もっと激しく壊れるくらいに求めて欲しいのに、決して、無理にはジェットを抱かないのだ。いつも、物足りなさが何処かに残っていて、今度はいつ触れてもらえるのだろうとそればかりを考えてしまう。
「どうした」
 上体を捻り、ジェットの脇の下に両手を差し入れて自分の膝に抱き上げてみると、ジェットは何も身に着けてはいなかった。細い、アルベルトから見れば華奢にも見える白い肢体を薄暗くなりかけているこの部屋がその白さを引き立たせる。
 背に回されたアルベルトの右腕を自分の口元に引き寄せると、皮の手袋を咥えてずずっと引き抜いていく、完全に鋼鉄の手が露出すると安心したように皮の手袋を口から離した。それは、ぽとりと勃ち上がりつつあったジェット自身の上に落ちたが、そのままにアルベルトの鋼鉄の指を口に含む。
 科学技術の粋を集められて造られた肉体だ。鋼色をしていたとしても鉄の味がするわけではない。一本、一本大切なものを舐め取るようにジェットは舌を這わせて行く。意志のままに操ることが出来ても触感はないに等しい鋼鉄の手なのに、ジェットの舌の感触は何故かアルベルトの牡としての本能に火を点ける。
 自分だとて我慢しているのだ。
 本当はジェットをドイツに連れてくるか、もしくは自分がニューヨークに行ってもよいとすら思ったけれども、改造されてから一度も離れたことない者同士が一度離れて互いを見詰めなおすのも必要だと思ったのだ。
 ひょっとしたら、ジェットは彼に似合いの可愛いGFでも作って戦いのない時間を楽しんでいるのかもしれないとも、思ったことがある。辛いと思うが、耐えられなくはない。戦いの中でしか発生しない間柄でも構わないとすらアルベルトは思っていた部分もある。
 でも、こうしてきっとジェットは自分に会いに来てくれると信じている自分もいた。
 ジェットが思う程には大人ではないのだ。
 ただ、臆病なだけなのだとアルベルトは思う。嫌われてしまわないかと恐れているのは自分の方なのだ。
 死線を共にした仲間とはいえ、自分と彼とでは年が一回りも離れている。同じ時代を生きていても、やはりジェットは若いだけあって現代の流行にも若者らしい興味を示していた。でも、自分は自分のペースやスタイルを崩せない、存外に融通の利かない男なのだ。
 本気で彼を縛ってしまったら、嫌がるかもしれない。
 突然、頭だけで振り返り、アルと話し掛けるその背中のラインを見ただけで、抱きたいと思う自分が居るし、猫が懐くように膝枕を求めてくるそんなジェットを何度、ソファに縫い止めたいと思ったかしれない。
 ジェットの誘いに困惑の色を滲ませてしまうのは、自分を求めるジェット以上に自分がジェットを求めているという自覚があるからである。
 ジェットを求めている自分と、これ以上、彼にのめり込んで行ってはいけないと警告する自分、ジェットを愛していると認めている自分と、可愛い子猫のように感じる自分、彼が止めてくれて哀願するまで抱きたいと思う自分。ジェットに対して様々な想いを抱えている自分達は常にアルベルトの心の中で激しい葛藤を繰り広げている。
 飼い主の手を無心に舐める子猫のように、5本の指を舐め尽くしたジェットは掌にも舌を這わせる。
 自分の無機質な鋼の色の指を舐めているだけなのに、ジェットの息は荒くなり始めている。空いている左手を背骨に沿って撫で下ろすと、其処にはきゅっと絞まった尻があり、狭間に指を潜り込ませると既に濡れて、綻んでいた。
「あっん」
 ジェットはアルベルトの人指し指に歯を立てて、声を押し殺している。その様子を確認してから、もう一度、指の腹でその蕾を撫でると、むずがるように腰を揺らめかせるのだ。
「アル」
 潤んだ瞳でアルベルトを覗き込むようにしている様は本当に愛らしい。自分を捨てないで、と彼なりの素直さでアルベルトに訴えて縋る姿に愛しさが込み上げてくる。手放したくはないけれども、自分は結構臆病の男なのだ。でも、ジェットが求めるなら、そんな自分を押し隠してでも、ジェットの求めるアルベルトでありたいと願う。
「こんなに……して」
 綻んでいるアナルに中指を第一関節まで挿れると、甘えたような声で鳴き、握り締めていたアルベルトの右手で自分の口を塞いで声が漏れないようにしている。
「っんんぁ」
 アルベルトに触れられているだけで躯は震えだし、自分の声とも思えない甘い声が静かな室内に響いていく。裸でシーツだけを纏い帰ってくるのを待ちながら、自分自身で受け挿れるその場所を解していたのだと、アルベルトにそこまでして彼が欲しいと思っているのだとジェットは伝えたかった。
「そんなに俺が欲しかったのか」
 アルベルトが耳元に口唇を寄せて、ドイツ語訛りの英語で囁くとジェットは快楽に潤ませた瞳で、真っ向から冷たい北欧の凍えた海のように一見穏やかだが、その向こうに激しさを秘めた瞳を見据えた。
「あんたが欲しかった。ショーウィンドウに飾られたオブジェの機械の手に感じちまうぐらい。あんたが欲しくてたまらなかった」
 ジェットは正直に、想いをアルベルトにぶつけてくる。アメリカ西海岸を連想させる澄み切った青色には迷いはなく、突き抜けるように晴れた空の色を宿した瞳にはアルベルトだけが映っている。美女でもなく、三十路にさしかかったジェットから見たら随分、おじさんのしかも機械仕掛けの酷薄とも思われがちな、そんな自分が欲しいと言われて、其処から逃げられるわけがない。
「俺も、お前が欲しかった」
「ホント?」
 細い水鳥のような首を傾げてアルベルトを見詰める。本当だとその首筋に囁きを落としながら、アナルに突き入れていた指を抜くとその手で腰をぐいっと自分の方に抱き寄せた。するとジェットのしなやかな腕がアルベルトの広い背中へと回される。
「あんたの手で触れて欲しい」
 この鋼鉄の手で触れて欲しいと強請るジェットはいつものジェットだ。いつも、この機械が剥き出しになった手が良いと言うのだ。こんな手を持っているのは、アルベルトだけだから、アルベルトに抱かれていると確信できるからとジェットはいつも言ってくれるけれども、この手で触れてジェットを壊してしまわないかと恐れることもなくはないのだ。
 ぎりぎりのところで自制しているアルベルトはいつでも、その関を切って本能の赴くままにジェットを抱きたいと強く願う自分と葛藤を続けている。
「後悔するなよ」
 いつもと違うアルベルトの囁きにジェットは首を傾げる。
「今夜は容赦しないからな」
 アルベルトはそう言いつつも、ジェットの腰の辺りに這わせた左手を今度はアナルに深く差し挿れる。ジェットの背が綺麗に反り返り、その衝撃からアルベルトの鋼鉄の手を隠していた黒い皮の手袋が床に落ち、触れて欲しいと涎を垂らしながらアルベルトの存在を待ち侘びている淡い茂みから顔を出すペニスが姿を見せる。
 十分に解れているのを左手で確認したアルベルトは、堅く猛る自分のペニスの切っ先をジェットの蕾を宛がい容赦なく貫いた。いつものように、ゆっくりと解すように侵入するやり方ではない。全てを切り裂くような強引な押し挿られ方にジェットの背は更に反り返り、そのまま床へと落下して行く。
 腰だけはがっちり支えられているから恐怖はないけれども、落ちて行きながらもジェットは奇妙な浮遊感に囚われて縋るように白い手を宙へと躍らせる。何も掴めない指先は綺麗な弧を描き、床へと叩きつけられる様に落ちた。
「いっ……アル…ぁあっ!」
 腰を押さえつけられて突き上げられる感覚は確かに欲しいとは思っていた。いつもアルベルトは切ないまでに優しい抱き方しかしてはくれなかった。本当はもっと激しく機械の肉体がバラバラになってしまうほどに、抱き締められたいと願っていたのだ。何が、アルベルトの心にあって、自分を無体に扱わなかったのは分からないけれども、こうして久しぶり会ったからこそ、アルベルトの心の奥にあった何かが解放されたのだろう。
 激しく突き上げられて、上体だけが床に投げ捨てられたようになっている体勢であっても、笑みが零れてくる。このまま壊れるくらい、抱き殺されるくらいに抱かれたいとジェットは願う。
 一度だけ、無茶な抱かれ方をした。それは、激しく抱いて欲しくてアルベルトの過去の傷をわざと抉って塩を塗りつけるような真似をしたからであった。あれから、一度として、乱暴に扱われたことはない。
 だからこそ、アルベルトの本心が見えないような気がしていたのかもしれない。
「っ……ぁあ、もっと……」
 突き上げられてあられもない姿を晒して、嬌声を上げるジェットがアルベルトには可愛らしく思える。自分の心を解き放とうと躍起になってくれるその姿が、如何に自分を好きなのかと訴えてくる。激情のままに抱き締めて欲しい訴えてくれる。そのジェットの気持ちに、アルベルトは完全に流されていた。
 今後のことは考えられない。
 あるのは今夜だけだ。
 このままジェットが気を失うまで抱いていたい、と冷たい人口血液が沸騰しているかのように機械の躯が熱くなっていく。
「アル……っ、ぁん」
 自分の存在を探して宙をさ迷う白い腕が、暗くなってしまった室内に浮かびあがる。その手をしっかりと自分の手で握り、抱き起こすと仰け反らせていた喉元が眼前に迫ってくる。歯を立てて食い千切ってやりたいと、強烈な欲求が込み上げて気付くと喉元に食らいついていた。人工皮膚で出来ているはずなのに、ジェットの皮膚は柔らかい。
 それは戦いだけではない機能を追及する為に実験体として利用されていたという事情があるからなのである。
 その上、飛行を目的として造られた彼の肉体は軽い。重戦車並の自分に比べれば、大人と子供の差ぐらいあるのだ。アルベルトなら片手で持ち上げられる程度でしかない。飛行目的以外の余計なものを殺ぎ落とされた肉体は人間の形をしていても、空を飛ぶ鳥のようにしなやかで美しいと思う。
 一度、身に何も纏わずに飛ぶ彼を見てみたいとふとそんなことを考える。
「お前を、愛してる」
 好きだとは言っても、愛しているなどと言ったことはない。
 その台詞にジェットの動きが止まる。仰け反らせていた頭を上げさせると、快楽だけではない泣きそうな顔が其処にはあった。
 何かを言おうとしたジェットの口を塞ぐように腰を突き上げると、眉を顰めて、その快楽をやり過ごそうとするが、アルベルトは許しはしなかった。今度は胸の突起に舌を這わせて、優しく歯を立てる。既に、頂き近くまで追い込まれているジェットの躯は、瘧が起こったように震え始めるのだ。
 甘い嬌声を上げて、白い細い腕を服を着たままのアルベルトの背中に回す、首筋に顔を埋めて、自分の甘い吐息から逃れようと必死でアルベルトの首筋に口唇を這わせている。その仕草にアルベルトは感じないわけではないが、自分が感じるよりもこの可愛らしい子猫のような恋人が絶頂まで上り詰める姿が見てみたいと思う。
「っう……アルッ……っああぁん」
 縋りついてくる細い躯が心が愛しくてならない。心にあるわだかまりが少しずつ解けていくようだ。確かに、ジェットを想う様々な心の葛藤が消失するわけではないが、彼に対して少しは素直に自分の気持ちを伝えられるような気がしてきた。
 一際高い嬌声を上げて、背を反らして痛みに耐えるような顔でジェットは快楽の頂きまで昇りつめていった。
 力の抜けた華奢な躯をベッドに横たえると、押しつぶさないようにとそっと圧し掛かる。薄っすらと目を開けたジェットの意識を捕らえて、睦言を白い肌に落とす。
「これからだ」
 ジェットはそんなアルベルトの台詞に子供のように無邪気な笑いを返して、アルベルトに腕を伸ばしてきた。晴れ渡った青い空を渡る風の匂いが、ジェットの胸に顔を埋めた鼻腔を擽った気が、アルベルトにはしていた。





  「アル」
 ジェットは軋む躯を反転させて、自分を背から抱き込むように眠る恋人の顔を覗き込んだ。大好きな瞳は瞼に閉ざされて見えないけれども、鋼鉄の手は自分を逃さぬようにしっかりと腰に回されている。
 こんなに激しく、声が出せなくなるほど求められたことはなかった。
 ドイツに来るまでにはジェットなりにも葛藤があったのだ。ドイツは彼の故国だ。この国の悲劇に巻き込まれる形でアルベルトは恋人を失った。随分、吹っ切れているとは共にあるから知っているけれど、独り故国に戻り、思い出してしまったかもと躊躇をしてしまう。
 彼は彼なりに、恋人と幸せな時間を過ごしたであっただろう。ドイツに来るということはその思い出に土足で入ってしまうような気がして、臆病になっていた。
 戦いの中の彼は自分のモノだと自信がある。けれども、普通の生活をしている彼が自分のモノだとは言い切れない奇妙な切なさがつきまとっていた。
 痛いくらいに抱き締められて、快楽に溺れさせられて、こんなにもアルベルトが自分を求めていてくれることを実感して、ジェットは堪らなく嬉しかった。霞む意識の向こうで聞こえたドイツ語訛りの愛の告白は今でも胸の奥でリフレインを続けている。
 頭を上げて乱れた銀色の髪にジェットは口付けると腹が膨れて満足して子猫のように、その逞しいアルベルトの胸に顔を埋めて再び瞼を閉じる。ドイツに来てよかったとジェットは心から思っていた。
 次のアルベルトの休み何時なのか、忘れないように聞いておかなくてはとそんなことをつらつら考えながら、ジェットは再び眠りに落ちて行った。





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