古時計



 ギルモアの部屋はギルモア邸の南西の端に位置している。
 東南の角に作られたリビングとちょう対称の位置に存在していた。
 ここは、サイボーグ研究とはあまり関係のない書籍やガラクタで埋め尽くされているのだ。ソファーの周りは辛うじて人が座れる場所を確保しているが、デスクと作業台の上は物が山と積まれていて、更に本棚には押し込めたとか言いようのない書籍が満員電車の如くにぎゅうぎゅうに詰め込まれている。
 ここに引越しに来てから、随分経つのに、2、3ヶ月に一度の割合で、博士の部屋では雪崩が起きるのだ。
 その度、ジョーは博士を優しく諭して二人で部屋を片付けるのだが、翌日には、物が浸食し始めるといって按配なのである。
 昨日の昼に雪崩を起こした室内をギルモアとジョー、休暇を使って遊びに来ていたジェットの三人で半日がかりで片付けたはずなのに、片付けてからまだ24時間しか経っていないのに、作業台の上はガラクタで一杯だった。
「博士」
 ジョーは夕食の支度が出来たと呼びに来て、その惨状を深い溜息をついてみせる。
 ギルモアは、ようやく自分の所業に気付いたのか、困ったなと大きな鼻を掻いて、小さな声ですまんと呟いた。
「で、今度は何を拾ってきたんですか?」
 ジョーはギルモアの性癖を十分承知していた。
 伊達に、24時間一つ屋根の下で暮らしてはいないのだ。その上、博士の身の回りの世話のほとんどはジョーが一手に引き受けている。優れた科学者であるギルモアだが、日常生活に於いては子供にも等しい存在だったのだ。
 世間的な常識はあるし、人付き合いも上手い。
 BG団時代に築いた人脈は今でも彼等の生活に役に立っているし、世の中の不条理を理解できている人物でもある。
 しかし、日常生活となると何も出来ないのだ。
 ワイシャツにアイロンをかけることはおろか、洗濯や掃除機すら使えないのだ。最先端の科学技術に明るいギルモアの最大の弱点は家庭電化製品であった。確かに、主婦には使いやすい代物でも科学者であるギルモアから見るとどうも珍妙な代物に見えるのだ。
 まあ、つまり大学生に小学生の算数をやらせてみると存外解けないのと似ているのかもしれない。
 なのに、反対はアナログな古い家具や道具には事の他目がない。ごみ捨て場から拾ってきたり、引越ししている最中の家から貰い受けてきたりする。故障していても修理できてしまうので、ギルモアの部屋はそういうガラクタで大部分が占められている。
「振り子時計じゃよ」
 ギルモアの背後から覗き込むと、作業台の上には50p程の振り子時計が乗っていた。いくつもの歯車が絡み合っている内部構造が視える。
「どうするんですか?」
「修理してリビングにでも飾ろうか……と」
一応、ギルモア邸の主婦であるジョーにギルモアはお伺いを立てる。孫のような年頃のジョーなのであるが、孤児院で育ったとは思えないくらいに家庭的な一面を持っていた。自然と、ギルモア邸の家事はジョーが引き受ける形となり、もっと自由にさせてやりたいと思いながら、そういう点では甘えてしまっているギルモアがいるのだ。
「素敵ですね」
 ジョーは笑う。
 ギルモアは安心をして、もっとじっくり見て欲しいと半身を引いて、ジョーの背中をそっと押した。それに逆らわずにジョーは古い振り子時計を覗き込む。
「僕が育った孤児院にも、こんな時計がありましたよ。毎朝、ネジを巻くんです。ねじをまかないと時計は止まっちゃうでしょう? だから、螺子を巻く仕事は13歳の誕生日を迎えないとやらせてもらえなかったんですよ。自分のことは自分で出来ると認められた年になったってことで、任せられる最初の仕事だったんですよ。初めて螺子の巻き方を教えて貰った時は、ようやく大人に近づけたんだなって・・・・・・」
「ジョー」
 ギルモアは一瞬、言葉を失った。
 例え、次の実験体をジョーと決めたのが自分でなかったとしても、この先にあるジョーの未来を摘んでしまった一端は自分にあるという罪悪感が胸を塞ぐ。普段は、忘れてしまうのだが、時折、こうして込み上げてくるのだ。
 覚悟はしていた。
 もっと、彼等に罵られるかと思っていた。でも、彼等は本当の父親のように、祖父のように慕ってくれている。その気持ちに一点の曇りも、恨みもないことが余計に辛く思えることもあるのだ。
「僕に、螺子巻かせてくださいね。でも、博士って本当にこういうの好きですよね」
 とジョーは古い振り子時計と一緒に拾ってきたのかもらってきたのかは不明なのだが、床に鎮座ましましている蓄音機を指差した。
「若い頃は古い物は好きじゃなかったんじゃがな。不思議と年を取ると、古い道具に惹かれる。わしはBG団という隔離された世界で人生のほとんどを送ってきた。普通の人達のように生きてきた歴史というものを持たないから、そんな歴史をその身に焼き付けているこういった道具に郷愁を覚えるのかのぉ〜」
 ギルモア博士は素直にジョーにそう語る。
 自分を偽らないというのが、00ナンバー達にしてあげられる数少ないことだとギルモアは思っているのだ。
「博士、今度、目覚まし時計が欲しいです」
「ジョー」
 そんなジョーの心遣いがギルモアにはとても嬉しくてならない。
 付き合いは一番浅い。その上、孫のような年頃であるにも関らず、比較的年齢の近いグレートよりも自分を曝け出せる気がする。
「ほら、漫画に出てくるジリジリって音がして、ベルが上についている……」
「ああ、任せておきなさい」
 そう答えるとジョーは屈託なく笑う。
 そして、そろそろ夕飯にしましょうと、ギルモア博士の肩に軽く手を置いて躯を半回転させ、振り子時計に背を向けさせる。
「ねえ、博士」
 そうっと、ギルモアの背を押しながらジョーは、甘えるに声を掛ける。
 なんじゃと、甘えられることが嬉しいと言わんばかりのギルモアは優しく言葉を返す。
 仲睦まじい二人の背後ではちくたくと、振り子時計が再び時間を刻み始める。





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