二人



 ぱちぱちと薪の爆ぜる音だけが静かな室内に響く。
 ジェットは黙ったまま、串の先端に刺したマシュマロを一つずつ暖炉の火で焼きながら食べている。ジェットの隣に座ったアルベルトは黙々とウィスキーだけが入ったグラスを傾けている。
 引っ越してきたばかりで荷物も解いていない状態の室内はやや埃っぽい気もしなくはないが、一晩だけなら過ごせる程度のものであった。そんな部屋の中といえば、ソファーに白いシーツがかけられていて、幾つものダンボールが詰まれている。
 銀河の果てから帰還した二人は一緒に暮らすことを選択し、このコテージを借りた。
 一度も故郷へ帰ることはなく、ギルモア邸から直接このコテージに引っ越してきた。
 元々、一所に定住できない彼等は住みかを転々としている為、荷物は非常に少なく、鞄一つで納まってしまう程度しかない。日用品など何処に行っても買えるから、当面の着替えに財布、携帯電話、洗面用具があればそれで良い。
 しかし、二人で新しい生活を始めるには何かと必要だから、ジョーは同居祝いとして送っておくよとそう言って、様々な日用品をダンボールに詰めて送ってくれた。
 鞄一つでこのコテージにやってきて、二人はジョーの気遣いに心底感謝させられることになる。
 山の中腹辺りにあるコテージの周りには二人が希望した通り何もなかったが、一番近い町まで車で30分は掛かり、その町まで下りなくては食料品一つ買えない。しかし、二人がコテージに到着したのは、陽が山の端にその身をほとんど隠してしまった時間で、今から街に下りても店が開いている保障はない。
 どうしたものかと思案していると、ジョーからアルベルトの携帯電話に連絡が入り、当日用と書かれたダンボールに2、3日は困らない程度の日用品が入っているといわれ、開けてみると其処には食料と小さな鍋、小さなヤカン、毛布が入っていた。
 二人はジョーの心遣いに深い感謝をしつつ暖炉に火を起こし、電気も通っていないこのコテージで最初の夜を過ごすことになったのだ。
 幸い水は使えたので、それで米を炊き、レトルトのカレーを温めて二人はささやかな夕食を済ませた。食後のコーヒーを楽しみ、今、同じ毛布に包まって静かな時を過ごしているのだ。
「なあ、下見にくればよかったな」
 ジェットはピンクマシュマロにしようか白いのにしようか迷った挙句、今度はピンクと白いマシュマロを一つずつ串に刺し、暖炉の火に翳した。
「馬鹿いえ、俺はついこないだまでリハビリしてたんだぜ」
 と再改造を受けたアルベルトはこともなげに言う。
「オレだけだって問題はないだろう? そうしたら、少しは身の回りのもの揃えておけるじゃないか」
 アルベルトはけっと吐き捨てるような笑いをジェットに返してくる。オレじゃ信用ないのかよとジェットは口唇を尖らせて、焼けるマシュマロに視線を戻した。
「そんなんじゃないさ」
 アルベルトはグラスに残っているウィスキーを飲み干すと焼いていないマシュマロを一つ口に放り込んだ。甘いなと全く関係のないことを言ってから、新しくグラスにウィスキーを注ぐ。
 それ以来、ジェットは何も言わなかった。ジェットにはアルベルトの言いたいことが理解出来ていたから、それ以上何か言う必要などない。
 ジェットが焼けたマシュマロを串ごとアルベルトに差し出すと、黙って一つだけアルベルトは受け取った。そして、口に含む。ジェットもまた残った一つのマシュマロを口に入れた。焼けた香ばしい匂いと甘い味が腔内を浸食していく。いい加減、この味に飽きた気がすると思うと、タイミング良くアルベルトが飲んでいたウィスキーのグラスを渡してくれる。
 一口、口に含むと程よい苦味が口に広がり、マシュマロの甘さを緩和してくれた。
 アルベルトが口をつけていた部分にもう一度口唇を寄せて、ウィスキーを喉に流し込むと愛飲している煙草の香りが僅かに口の中に広がる。まるで、キスをされている感覚をジェットは思い出し、くすぐったい気持ちになった。
 アルベルトはグラスをジェットに手渡して手持ち無沙汰になったのか、煙草を取り出して火を点けている。
 ゆらりと暖炉の明かりしかない薄暗い部屋に紫煙が立ち昇った。
 アルベルトが息と共に、ゆっくりと煙を吐き出している。
 会話らしい会話もないし、セックスをしているわけでもない。けれども、一緒に居るだけで深い部分が満たされたような気がしていた。
 ジェットは身体を少し動かして、アルベルトの肩に頭を凭せ掛けた。するとアルベルトの左手がジェットの腰に回る。優しく身体を支えているだけで、それ以上に行為に及ぶ気配はない。
 ジェットはゆっくりとグラスの中のウィスキーを流し込み、アルベルトは煙草を燻らせる。
 静かな時間。
 二人は何も語らずに、寄り添っていた。
 やがて、二人は寄り添ったまま優しい眠りへと落ちていき、そして、朝が来て、新しい日々が始まるのだ。
 二人の眠りを守るかのように暖炉の火は何時までも耐えることなく燃え続けていた。





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