Sexual thing
これは由々しき問題だ。 だいたい、アルベルトと1ヶ月もセックスしていないなんて、付き合い始めてから一度もなかったことだ。 確かに、会っても時間がない時は食事をするだけのこともあるけれど、週末はたいていディナーの後はアルベルトのアパートでセックスをしてから一緒のベッドで眠るのが通例だったはずだ。 「だからさ。もう、1ヶ月もないんだ」 とジェットは目の前に座っているやたらと機嫌の良いピュンマにそう声を掛けた。 「それくらい普通じゃないのか?」 「長距離恋愛中のお前らとは違うのっ!!」 ピュンマはそんなジェットを鼻でふふふんと笑い飛ばすと、分厚いローストビーフを口いっぱいに頬張った。どういうわけか恋人との逢瀬の後は肉が食べたくなるのだ。ベジタリアンではないのだが、普段はそんなに肉が食べたいとは思わない。どちらかというと魚の方が好きなのだが、恋人と普段会えない距離を埋めるような激しいセックスの後は、どうしても肉を食べたくて仕方なくなるのだ。 というわけで、だいたい恋人との逢瀬が終った翌日のディナーは友人達と肉料理を食べに行くのがピュンマの習慣であった。 「そんなもんなの」 長距離恋愛がすっかり板についたピュンマからしてみれば、一ヶ月セックスしないのは普通の感覚なのである。 「そんなもんなの。だいたい週末毎にセックスしてたんだぜ」 「セックス、セックスって、もう恥ずかしいなぁ〜。何だか、僕までセックスに餓えてるみたいじゃないか」 とピュンマはそれでも機嫌が良い。普段、仲間内のアパートでの会話だったら怒りはしないが、レストランでここまでセックスと連呼されると普段のピュンマだったら怒っていただろう。それ程に今日のピュンマは満たされていて、恋愛にうろたえるジェットを生温かい気持ちで見守ってやれるゆとりがあった。 「餓えてるよ」 ジェットはローストビーフをつんつんとフォークで突いた。 ピュンマは勿体無いなぁ、食べないならもらうよとジェットの皿からローストビーフを掻っ攫うが、ジェットは溜息を零してフォークを置いてしまった。 「君から誘ったのかい」 「誘ったよ。これ見よがしの格好してさ。でも、キスだけ……」 ジェットは困ったというように眉を寄せた。 「何か、ぽかしたんじゃないのか」 それしか考えられなかった。アルベルトからジェットとの性生活について聞いたことはないが、ジェットに聞くところによるとあんな顔をしてかなり激しいらしい。ジェットもまあ、それなりにセックスは好きなようで、肉体の伴わない恋愛は恋愛じゃないと豪語する程度にはである。 「うーーーー」 ジェットはピュンマのそんな問いかけに顔を真っ赤にして、動物みたいに唸った。 「嫌だなぁ。で、何をしたんだい」 ピュンマはナイフとフォークを置いて、シャトー・ラトゥール84年で喉を潤した。味はまあまあ合格点、値段はNYにしてはリーズナブル、ボリュームは満点、ピュンマの今の状況を考えれば、これ程似合いのレストランはない。 「おなら」 「???」 「おなら、しちまったんだよ」 ジェットは顔を真っ赤にして小さな声でそう怒鳴った。 器用な奴だなとピュンマは思いつつも、おならとセックスレスとジェットがどうも上手く脳内で結びつかない。 「おならぐらいするよ」 「そうだよ。普通はするけど……」 「普通はするよ。僕等がサイボーグだって食事を口から摂取すればおならが出るのは仕方ないだろう。生理的現象だし……」 「じゃぁ、ジェロニモの前でおならしたことある?」 ピュンマは、どうして下半身から話題が外れないのかと思いつつ、律儀にジェロニモと関係を持つようになってからの時間を思い返していた。 いつまでも年を取らない自分の存在は不自然すぎる。同じ場所には長く留まれない為、ピュンマは数年前に故郷を後にした。その後、ヨーロッパを転々として、仕事が見付かったのでアメリカに渡ったのだ。そこでジェロニモと再会し、時間を過ごすうちに互いが憎からず想っていたことを確信して、二人はそういう関係になった。 「なくはないね」 「じゃぁ、その後、セックスした?」 「したよ」 「でも、オレの場合、それ以来ないんだよ。やっぱさ恋人の前で恥じらいなくしたら終わりじゃん。アルベルトってそういうの嫌っぽいしさ。いい男で仕事も出来て、スタイルも良くてさ。完璧だろう? 確かに俺には不釣合いって思うからさ」 「だったら、本人に聞いてみれば」 ジェットはうううーと再び唸った。その目が聞けるんなら聞いていると語っている。 「本当だったら、オレ立ち直れない」 瞳はまるで拾って下さいとダンボールに入って通り過ぎる人を見詰める犬のように潤んでいた。 「で、僕にどうしろと」 「どうしたらいいんだろう」 ジェットの台詞は結局堂々巡りで結論が出ない。 これがあの恋人がいなかったことなんかないって豪語していたジェットなのかとも思えるくらい、今のジェットは情けなさ過ぎだ。ジェロニモへの想いに悩んでいたピュンマに乗っちまったもん勝ちと強気のアドバイスをした人間とは全く別人のようだ。 アルベルトが仕事でNYに来るまではジェットとアルベルトが長距離恋愛をしていたのだ。互いの仕事の休みが重なった時だけ、ジェットがアルベルトの元に飛んでいくというのがパターンだったのだ。しかし、アルベルトが仕事でNYに来てからというもの、二人は週末毎に時間を共有している。 前向きなところが取り柄のジェットが一ヶ月もこんなんで悩んでいるのかと思うと、それも気の毒な気がしてくる。 「取り敢えず、食事をしよう。そしたら、明日は土曜日なんだからさ、ジョーとかフランソワーズとかも呼んで、皆で対策を考えよ……ね」 ジョーはNY郊外でギルモア博士とイワンの三人で暮らしている。サイボーグに関する研究の為、博士は日本を離れてアメリカにやって来ているのだ。もちろんジョーはその付き添いで渡米している。ここ一ヶ月はマサチューセッツに研究の為出掛けているはずだから暇を持て余しているだろうし、フランソワーズも恋人はいないし仕事も休みだから週末の誘いなら出てくるだろう。 ジェロニモと二人でアパートに篭もる為に買い込んだ酒と食料品はまだまだ残っている。これを機に消費するのも悪くないと、ピュンマはテーブルを立った。 「ピュンマ」 半分泣きそうな瞳で見上げるジェット。 フランソワーズとジョーに電話を掛けてくるよと、そう言ってテーブルを離れようとした。 「なあ、ピュンマ、NY中でセックスに餓えてない、ちゃんと満たされてる人っていると思う?」 突然何を聞くんだと思いつつ、つい昨日まで恋人との濃密な時間を過ごして至極、満たされているピュンマはにっこりと笑って答える。 「少なくとも、ここに一人いるよ」 惚気とも自慢とも取れる台詞にジェットはべぇーと舌を出す、ピュンマはそんなジェットの姿に涼やかな笑いで返事しながらテーブルを離れて行った。 |
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