星空の向こうから



 まだ喧騒に包まれている路地に出たフランソワーズは夜空を見上げた。
 澄んだとはいいがたい空であるけれども、昔パリで見た夜空と少し似ている気がした。
 ホームシックになっているのかしらとフランソワーズはそんなことをふと思うが、直に視線を戻して、張々湖飯店から西へ100メートルほど離れたコンビニに向かって歩き始めた。
 張々湖飯店からギルモア邸までは車で2時間はかかる。
 簡単に行き来できる距離にはない。
 週末や団体の予約が入った時だけ、フランソワーズはこの張々湖飯店にウェイトレスとして手伝いに来るのだ。
 いつもなら、張々湖飯店の2階に泊めてもらって翌朝ゆっくりとドライブがてら帰宅するのだが、今日は自分の誕生日なので、早くギルモア邸に戻りたかった。
 何故なら、いつも誕生日には必ずジェットから連絡が入るからだ。
 そして、大きな花束が届く。
 例え、配達してくれるのが花屋であったとしても、自分で受け取りたい。
 だから、朝までには、ギルモア邸に戻りたかった。
 コーヒーと煙草を買って、張々湖飯店の裏手に止めた自分の車まで戻り、それからギルモア邸に帰るという予定を立てていた。
 コンビニは日付が変わってまだ一時間しか経っていない時間だというのに、混雑していた。フェイクファーを羽織ったいかにも夜の街で仕事をしているだろう女性や、ウェイターの格好をした若い男や、学生、パジャマの上からコートを羽織った中年男性、仕事帰りのOLと様々な人々が何を目的にしているのかわからないが、店内をうろうろと歩き回っていた。
 フランソワーズは、缶コーヒー2本とガム、煙草を買って、さっさと店から出て来る。
 かしゃかしゃと音を立てる袋を歩くリズムに合わせて前後に大きく揺らしながら、来た道を引き返す。
 背後からそのリズムに合わせたように歩く足音がフランソワーズの鼓膜を揺らした。誰か自分を尾行している足音に間違いない。
 一瞬、BG団かと思うが、もし彼等なのだとしたら、こんなに簡単に尾行を気付かせるような素人を寄越すはずもない。
 また、自分のファンだとかいう連中や、付き合って下さいという勘違いした男達かと思い無視しようとした瞬間、肩を軽く叩かれた。
 足音の反響からして、フランソワーズと背後の足音との距離は少なくとも3メートル以上はあったはずなのに、どうしてとフランソワーズが警戒しながら背後を振り返ると、突然、花で視界を塞がれた。
「Happy birthday」
 その声は、ジェットのものであった。
「ジェット」
 花束の影からひょこっと顔を出して、ジェットはにっこりと笑った。
「驚いた?」
「もう、また勘違いした男が声を掛けに来たかと思ったじゃない」
「ごめん」
 それでも、ジェットは嬉しそうに笑っている。その笑顔を見て、ここ三日間の張々湖飯店での忙殺された週末の疲れが一気に解消されていくのを感じるフランソワーズがいた。何よりも、ジェットの笑顔がフランソワーズにとって嬉しい誕生日プレゼントなのである。
「いいのよ。でも、ジェット、仕事は?」
「時差があるから、大丈夫。戻るんだろう? オレが運転してってやるからさ」
 とジェットは花束をフランソワーズに渡して、強引にコンビニの袋を取り上げた。
 フランソワーズは花束を抱きかかえながら、今夜に限って自分が缶コーヒーを二本買ってしまったのかが理解できてしまった。そう、心のどこかでジェットが来てくれる気がしていたからの行動だったのだ。
「でも、フランを送り届けたら、NYに戻るよ。心配すんなよ。真面目に仕事はしてるんだからさ」
「ううん、そんなことじゃなくってね」
 ナンダヨとジェットは隣を歩くフランソワーズを見下ろした。
「貴方が来てくれたことが嬉しくって……」
 不覚にも涙が出そうになってしまう。
 離れて暮らしていても、まめに連絡はくれるし、何かと会いに飛んで来てくれるけれども、でも、NYと日本の距離はそう近いものではない。いくらジェットに1時間程度で飛んでこられる能力があるにしても、気軽に行き来できるものではないのだ。
 けれども、自分に会う為だけに来てくれたその気持ちが嬉しい。
 BG団に捕らえられていた頃から、二人は離れたことなどなかった。
 離れるのは、訓練と実験等の間だけで、同じ部屋で寝起きして、肩を寄せ合って生きてきた。だから、ジェットがNYに帰ると聞いた時、お姉さんぶって一人で生活できるの、大丈夫なのと、からかったりもしたけれども、本当はジェットと離れて暮らすことが不安だったのは自分の方だったのかもしれない。
 自分が生きていた時代は既に過去となり、社会情勢に対する知識や生活に関する知識、全てが分からないことだらけだった。
 電化製品一つにしても使い方どころか用途すらわからないものが沢山あったし、下着や化粧品も自分達が使っていたものとは全然違うものへと進化していた。
 毎日の日常に慣れること自体がフランソワーズとってはとても大変なことばかりだったのだ。
 ようやく、慣れてきたと思った時に、ずっと一緒にいたジェットが傍らからいなくなるということはフランソワーズにとって少なからずショックなことだったのだ。
「ごめんよ、突然。でもさ。自分の手で渡したくってさ」
 そんな気持ちを何処かでずっと引きずっていたのだと、こうしてジェットに会えてフランソワーズは知ることが出来た。
「ありがとう、ジェット。愛しているわ」
 とフランソワーズが背伸びをするとジェットは少し膝を折ってくれる。その柔らかな頬に感謝のキスをすると、ジェットは照れたように笑う。
 そして、ジェットから『おめでとう。オレも愛してるよ』とフランソワーズの頬にキスが返される。
 二人はその儀式を終えると、顔を見合わせて笑った。
 少し気取った仕草でジェットが腕を差し出すとフランソワーズはその腕に自分の腕を初めてデートをする少女のようにあどけない仕草で絡める。
 恋人同士のように二人は仲良く、張々湖飯店を目指して歩いていった。





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