恋人よ跪け



 ふかふかの革張りのソファーはジェットのお気に入りだ。
 二人掛用で、両端には肘宛がついている。足元はほっそりとしたデザインで色はゴールドに近い黄色。殺風景なアルベルトのアパートの中でそのソファーだけ異質な存在にもなっているが、コレを欲しがったジェットはそんなこと頓着していない。
 座り心地が良かったから、それ以上でもそれ以下でもなかった。
 ソファーとセットになっていたわけではないが、これまた似たような色合いの皮が張られた小さな台を何処からか見付けてきてそれに足を乗せて、寛ぐのが楽しみなのである。
 右の脇腹を肘宛に預けて、手を伸ばすとちょうど良い場所に揚げたポテトの皿がある。指で摘んで口に入れると、程良い塩加減と甘いジャガイモの香りが口に広がった。同じジャガイモなのに、どうしてだかドイツのジャガイモはとても美味く感じられるから不思議だとそう考えながら、赤ワインで乾いた口を潤した。
 シャワーも浴びたし、食事も済ませた。
 テレビのバラエティー番組も面白い。
 その上、ジェットにとって一番満足しているのは、恋人のアルベルトが自分の噴射口を清掃してくれているということなのだ。別に、特別に自分でメンテナンスする必要性はないのだが、あれこれ理由をつけてはアルベルトに掃除させているのだ。
 こういう関係になった時から、主導権を握っていたのはジェットで、アルベルトはジェットの言うことは出来ることなら、何でも嫌な顔をせずに聞き届けてくれる。
 ドイツに来ると、アルベルトは自分をお姫様のように大切にしてくれる。
 最初は、からかい半分のつもりだったけれども、自分のことを壊れ物でも扱うようなアルベルトの態度に、ジェットはそれが当り前だと思ってしまった。
 それ以来、アルベルトと二人になると途端に女王様に変身してしまうジェットがいるのだ。
「終ったぞ」
 アルベルトはジェットの足の噴射口の掃除を終らせた。掃除といってもたいしたことをするわけではなく、入り口付近の埃を払う程度のことなのだが、気持ち好いのかジェットはこの行為を好んでいるのだ。
「キスしろよ」
 噴射口の掃除が終った足を差し出す。
 少しは嫌がるだろうと、ジェットはそんな意地悪なことを思っていると、アルベルトは笑った。そして、躊躇うことなくジェットの足の甲に口付ける。そのまま足先に口唇を滑らして行き、親指を口に含んだ。
 口腔で存分に親指を嘗め回し、そして、次に人差し指を口に含んだ。左手で足首を掴み、右手でリンパ腺の流れとは逆の方向に軽く足首から、膝の辺りまで何度も指先を滑らせる。
 ジェットは自らの足を愛撫する恋人を見詰める。
 少しは嫌がると思っていた恋人から、濃厚な愛撫を施され気分が高まってきてしまう。
 ジェットの躯は、わずかな刺激が性的欲求へと直結してしまう造りになっているのだ。もちろん、戦闘用としての使い道もあったのだが、それ以外に資金稼ぎや、幹部への上納品としてボディガードとセックスの相手を勤められる能力を持ったサイボーグの開発も視野に入れた実験がジェットの躯を使って行なわれていた後遺症みたいなものだ。
 普通の人間の感覚でいえば、淫乱といわれても仕方ないくらいにセックスがしたくてたまらないのだ。一応、恋人であるところのアルベルトはいるけれども、毎日、会えるわけではない。一ヶ月に二、三度がせいぜいだ。
 会う度に激しいセックスをしたとしても、三日ともたない。
 そんな時には後腐れのない相手を拾うか、数人いるセフレに連絡をして疼く躯を慰める。それがジェットの日常で、そのことを隠してもいないし、もちろんセフレの存在もアルベルトは知っている。
 アルベルトと恋人の関係になる以前から、ジェットはそういう生活を続けていて、仲間に手を出さないだけ、随分、道徳的だと思っているのだ。
「あっ………っ」
 親指と人差し指を広げられて、その間を舌でリズミカルに突付かれると、まるで、両足を開いて愛撫してもらっているような感覚がある。多分、其処は自分の性感帯なのであろう。ジェットの躯のあちこちには、そういった性感帯的なポイントがある。性的意味合いを含まないボディタッチであったとしてもその部分に触れられるとどのような状況であったとしても、性的に反応してしまうのだ。
 アルベルトが突いている親指と人差し指の間も、そんな場所だった。
「っうん」
 そして、アルベルトは右手をジェットの膝の裏に這わせている。その場所もジェットの性感帯的なポイントである。
 二箇所も同時に責められては、ジェットの躯は性的欲求に逆らえなくなる。
 ジェットはバスローブの合わせの部分から手を差し入れ、堅くなり始めた自分のペニスを握った。既に先端からは、透明な液が流れ出ていて、掌をぬめりとした感覚が這い回る。ジェットは恥じらいも見せることなく、くちゅりとわざと音を立てるようにしてゆっくりとペニスを扱いた。
 握るだけで、ペニスは硬くなる。
 吐き出せない快楽が下腹部に溜まっていく感覚が手に取るように分かっていた。こうなっては全てを吐き出さなくては収まりがつかないことをジェットは長い経験から知っている。
 だからジェットは我慢するつもりなど毛頭なかったし、アルベルトに恋人として会う楽しみの一つに、セックスによる快感というものがある。もちろん、アルベルトのことが好きだからという因子があるからこそ得られるものでもあるのだが、物理的にも生身の人間には不可能な程の快楽が得られるのである。
「っああ、イイ……ッ。たまんねぇ」
 囁きにつられたようにジェットの顔へと視線を遣ったアルベルトに向かって、にやりと淫靡な笑いを零した。そして、視線を自らの股間に滑らせると、アルベルトもまた一緒に視線を移動させる。
 アルベルトが見ているのを承知でジェットはバスローブの袷の部分を寛げた。
 そこには、既に硬く勃ち上がったペニスがあった。
 先端から溢れ出す透明の液体は、ペニス全体を濡らしただけでなく、その根元を彩る赤味のかかった金髪も零らしている。恥毛に掛かった透明の液体は水滴状になっていて、照明に反射してキラキラと輝いていた。
 その様に、ごくりとアルベルトの喉が鳴る。
「っふふん。………っあん」
 してやったりとの満足気な笑みをジェットは薄い口唇に乗せ、更にアルベルトの膝の上に乗っていただけの右足を床に落として大きく足を広げた。バスローブは既に上半身を覆っているのみとなり下半身はアルベルトの視界に晒される。
 ジェットはもう一方の手を止め処なく液体が流れる先端へと滑らせた。人差し指の腹を撫でるように滑らせると、更に液体はどくどくと止め処なく出てくる。昨夜セフレの一人とセックスしたばかりなのに、アルベルトとしたくてたまらない。
 アルベルトは視線をジェットのペニスに注いだまま、足の指を甘噛みしてくる。足の皮膚はアルベルトの息が荒くなっているのを伝えて来ていて、それだけで更にジェットの情欲は深まっていくのだ。
 今度は、先端の穴に指先を入れるとくぷという音がする。
「くっ……ん」
 ジェットは自らの体液が付着した指をアルベルトに向けて差し出すと、アルベルトは身を乗り出して、その指にむしゃぶりついてくる。そっと、解放された足先で股間に触れると、パジャマの下にあるアルベルトのペニスは生地を突き破らんばかりになっていた。
 ぴちゃぴちゃとアルベルトの舌の音が響く。
「キスしろよ」
 そう言うと、アルベルトはジェットに体重を全て乗せてしまわないように気を使いながらも、覆い被さり、ゆっくりと口唇を重ねてくる。ジェットはたまらないとアルベルトの口唇を舌先でノックすると簡単に侵入を許可してくれた。
 舌と舌を絡めて、少し厚めの唇を噛む。
 上顎の歯の裏に舌を這わせるとくぐもった声が上がる。
 アルベルトはこの場所が感じるらしい。その証拠に足先で触れているアルベルトのペニスが更に容量を増していく。
 煙草と、夕食に飲んだ赤ワインの香りが互いの唾液と交じり合う。
 セックスをするよりもキスをする方が、野生的な気持ちになれるとジェットは思うのだ。セフレとは際どいプレイもするけれど、キスだけはしない。通りすがりの男ならもちろんのことだ。
 挨拶程度のキスはするけれども、こんなに互いの吐息が溶け合うような熱いキスはしたいとは思わない。
 キスで性的な興奮を得られるものだと知ったのは、アルベルトと恋仲になりセックスをするようになってからだ。それまでも、キスをされることはあっても、気持ちの良いものだとは思わなかった。他人の唾液に触れるのは好ましい行為だとは思えなかったのだ。
 けれども、アルベルトとのキスは違う。このままキスを続けていたら、キスだけて達してしまいそうだ。
 ジェットはもういいと言わんばかりに、アルベルトの項の髪を軽く引っ張った。
 アルベルトの舌が、名残惜しそうにジェットの口唇の唾液を舐め取ってから離れていく。
 いつも冷静なシルバーグレーの瞳は熱く潤み、欲情していることを正直に伝えてくる。クールな男が、自分にこうやって興奮することは至極気持ちの良く、それは性的な快楽にも値する心理的快楽だ。しかも、自分がセックスにおいて主導権を握っているかと思うと、こんなイイ男を思いのままに出来るのだという倒錯的な喜びが、更なる快楽を生み出すのである。
「逝かせろよ」
 ジェットはアルベルトの瞳を真っ直ぐ見ながら、そう囁いた。
「直ぐに逝っても、イイのか」
 アルベルトは真面目な顔をして聞いてくる。確かに、男同士のセックスを知らなかったアルベルトにそれを教えたのはジェットだけれども、最初に教えた通りに、決して、アルベルトは欲望の赴くままにジェットの躯を貪ることはない。
「あんたさ、五日、我慢した」
 ジェットは、五日間自慰行為を我慢したのかとアルベルトに聞いてくる。月曜日に今週末に休みが取れるからそっちへ行くと電話を掛けた時に、次に逢うまで我慢しろよとそう伝えたのだ。
「ああ、だから、おまえの中で逝きたくてたまらない」
 アルベルトは正直にそう答える。
 実際、三十歳といえばまだ精力の衰える年代ではないし、サイボーグ達は性的な能力はそのまま残されている。何故なら、動物でも去勢させてしまったものは闘争的な部分が低下するとの報告があるからで、戦闘用サイボーグとして闘争心の低下は問題である。従って、戦闘用サイボーグである彼等は普通の人間よりも性的な欲求がやや強い傾向にあるのだ。
 もちろん、アルベルトも例外ではない。
 ジェットと恋仲になる以前は、金で女を買っていたぐらいだし、週に二度くらいは自慰行為もしている。
 サイボーグとして、いや青年男子としては普通のことであろう。
「逝ってもイイぜ」
 アルベルトの表情が変わる。
「但し……」
 笑顔に変化しようとしたアルベルトをジェットは推し留めた。
「オレが気絶するくらいよくしろよ。ヤメロって言ったって止めるなよ。よがり狂うぐらいヨクシテクレ……。どうやったら、オレが感じるか、ちゃんと教えてやっただろう」
 ジェットが小首を傾げて誘うようにそう言うと、アルベルトの顔が今度は完全に笑顔に変わった。
「最後は、あんたのペニスをぶち込んで、あんあん言いながら逝かせろよ。あんたも、一緒にだ」
 俺も我慢するのかと言わんばかりの表情がジェットは楽しくてたまらなくなる。いい男と評判で女に困らなくたって、サイボーグの戦闘能力が高く、冷静で仲間の信頼が厚い、ストイックな男という見た目を持っていたとしても、セックスに関しては、自分の言うがままに快楽を与えてくれようとする。
 デキソコナイとしかいいようのない生活をしている自分が、出来た男を支配するのは不可思議な優越感をもたらし、まるでどんな男でも自分の躯を抱くことを望んでくれるのではないかと、そんな妄想を抱かせてくれる。
「最後まで、逝ったらダメだ」
「一度も?」
 アルベルトは少しだけ情けない顔でジェットに問い掛ける。
「ああ、ダメだ。オレはあんたのものじゃないけど、あんたはオレのもんだろう?」
 この意味分かるよなと、ジェットは優しくまるで子供に言い含めるような口調でアルベルトに囁き、頭を優しく何度も撫でる。
「よくしてくれよ。オレのアルベルト」
 その言葉を合図に、アルベルトはゆっくりと確かめるようにジェットの躯に鋼鉄の手を滑らせた。





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The fanfictions are written by Urara since'05/03/08