誕生日という日



「っあああっ?」
 自分の叫び声でジョーは目を覚ました。
 普段は忘れているつもりでも、こうして誕生日がやって来ると嫌でも思い出してしまう。
「大丈夫か?」
 少し早い誕生日のプレゼントを持って遊びに来ていたジェットが、心配そうにジョーの顔を覗き込んでいる。
 青い瞳には困惑の表情が浮かんでいて、自分が何を口走って、何をしたのか、自分の身体を見るまでもなく理解出来てしまった。汗と精液でぐっしょりと濡れた下半身が気持ち悪い。
「僕は……」
 生身の躯ではなくなったのに、あの感覚は脳にこびりついていて、払拭出来はしない。
「最初に犯されたのは10歳の誕生日だった」
 そう言うとジェットは黙って僕を抱き締めてくれる。
 こんなことを告白できるのは、ジェットしかいなかった。
 ジョーは両親の名前すら知らない。誰と誰との間に生まれた子供なのかも分からず、育てられた教会の前に『ジョーをお願いします』と書かれた手紙と共に置きざりにされていたらしい。そして、そのままその教会で親のいない子供達と一緒に神父様に育てられた。
 もちろん、国や自治体の支援や援助もあるけれども、台所事情は決して楽ではなく、寄付を募ってどうにかやりくりしている状態だった。
 そんな中、教会に多額の寄付をしてくれていた地元の名士に誕生日だからと屋敷に招待され、そこでその男の玩具にされた。けれども、身寄りのない子供は、その教会以外行く宛などなかった。
 その男が教会に寄付するのをやめたら、たちまち財政をたちゆかなくなるだろうということは10歳の子供であっても理解できることだったし、そのことを利用してその男はジョーを玩具にし続けた。
 その男だけでなく、複数の男の相手をもさせられていた。
 だから、最初は00ナンバーの男性陣が怖かった。
 避けるようにして移動するとどうしてもギルモア博士やフランソワーズの傍に居ることになってしまうから、フランソワーズに好意を抱いていると勘違いされてしまったこともあった。巨躯の005や鋭い視線の004、紳士然としているが何を考えているのか分からない007は、特に怖かった。
 でも、不思議と002はあまり怖いとは思わなかったのだ。
 そして、BG団から逃れて、少し落ち着いた日常を取り戻した頃、ジョーは今夜のように魘されて飛び起きてしまったのだ。飛び起きると、目の前にはジェットが居た。実はジェットはジョーのことをずっと気に掛けていたのだ。
 自分の母親の恋人が最初の男だったことや、躯を売って生活していたことを話してくれた。そして、00ナンバー男性陣と二人っきりになることを避けているということを指摘して、魘されたのはその行動と関係しているのではないかと、そう問いかけてくれた。
 その時、ジョーは救われた気がしたし、ジェットのことだけは怖いと思わなかった理由も分かった。自分と似た立場の人間ということを、無意識のうちに嗅ぎ分けていたのだろう。
 今まで、生身であった頃も含めて、自分と同じ立場の人間には会ったことがなく。自分の辛い気持ちを吐き出す先すらなかったのだ。
 留めていた気持ちが関を切って流れ出し、泣きながら自分の生い立ちをジェットに話してしまっていた。
 それ以来、ジェットとジョーは年の近い仲の良い友人となったのである。
 ただ一つ、違うことといえば、ジェットには同じ00ナンバーの一人でもあるアルベルトという男と恋人関係にあるということだ。
「だから、僕は僕の誕生日が嫌いだ。忘れたいと、忘れたと思っていたのに、どうして思い出しちゃうんだろう。サイボーグになったんなら、生身の頃の忌まわしい記憶なんか消してくれればよかったのに……」
 そんなことは無理ということもジョーには分かっている。
 でも、そう吐き出さずにいられないのだ。
「神父様の記憶もなくなっちまうかもよ」
 ジェットの一言にジョーは弱々しく抱き締められている薄い胸を軽く叩いた。
 そんなことくらい理解しているけれども、気持ちのやり場がないのだ。こんな自分でも、アルベルトに愛されるジェットのように、誰かに愛してもらえれば変われるかもしれない。でも、ジョーが愛している相手はギルモア博士で、確かに、ギルモア博士は自分を愛してくれているけれども、恋人としてではなく息子に対する愛情に似た感情を寄せてくれているだけだ。
「こんな僕だけど、僕は博士に愛されたい。君がアルベルトに愛されるように、愛されたい。昔を思い出す度に、一緒に過ごせるだけでいいと思っている自分が、偽善面をしているのか思い知らされる。だから、誕生日なんかダイキライだ」
 そんな台詞を綴るジョーをジェットはただ抱き締めているだけだった。
 どんな慰めの言葉も白々しく聞こえることは体験で知っているし、ジョーはそれを期待しているわけでもない。
 ただ、行き場のない激しい感情を吐き出したいだけなのだ。
 ぐっと自分の気持ちを飲み込んでしまいがちな性格のジョーだからこそ、ジェットは心行くまで吐き出させてやりたいと思う。
 自分がしてあげられることはこれくらいしかないから、誕生日だからというわけではないが、少しでも安らかな気持ちで誕生日を迎えられれば、皆からの祝福を受け止められるだけの心の余裕が出来ればと、ジェットはそう願っていた。
「誕生日なんて、無くなればいいのに……」





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