毛色



 メンテナンスが終って、乱れた髪を整えようと姿見を覗いたアルベルトは絶句した。
 髪の色がなんと、金色になっているではないか。
 確かに、メンテナンスを兼ねて散髪をしてもらうのは常である。いくら見た目や手触りから彼等00ナンバーの頭髪が人工的に作られたものであるとはわからなくとも、理容師や美容師といったその道のプロならば、人工毛髪だと気付かれる危険性もある。
 それに、彼等の人工毛髪は、火の中にいたとしても燃えることはないし、極寒の地でも凍ることもない。つまり、それだけの耐久性を維持しているのだから、普通の鋏では切ることが出来ないというわけなのである。
 もちろん、特殊なコーティングが施されている為に、髪を染めることも市販の薬品では不可能であるのだ。
 だが、コズミ博士が開発した00ナンバーサイボーグ専用のヘアカラー剤は、ギルモア邸にちょっとしたヘアカラーブームを巻き起こしていた。フランソワーズは真っ黒な髪に染めて喜んでいたし、ジョーは銀髪に、ジェロニモは緑色に、ピュンマですら白髪に近いブロンドに染めていた。
 自分は頼んでいない。
 確かに、散髪は頼んだが、ヘアカラーまではオーダーしてはいない。
 文句を言おうにも、博士の姿は消えていた。メンテナンスが終ったのに合わせたかりようにジョーがティータイムだと博士を呼びに来ていたから、リビングに上がって行ってしまったのだろう。
 だが、本人がオーダーしないのに博士がヘアカラーをしてしまうかといえば、それはNOである。博士は意外と義理堅く、改造手術を施すにも緊急事態ではない限り、本人の意思を確認し、改造する箇所についてのレクチャーを怠らない。
 とすれば、誰かが、頼んだということになる。
 それが出来るのは、あいつしかいないではないか。
 さて、犯人をどうしてやろうか鏡を見ながら思案していると、甘栗色がちらりと映り込んだ。振り向かずにアルベルトは、その彩の主に声を掛ける。
「ジェット、どういうことなんだ」
 フランソワーズの髪と同じ色合いに染めたジェットがそこにいる。
「やっぱ、似合うじゃん」
 アルベルトの意志など関係なく、そう笑いながら近付いてくる。やはり、犯人はジェットであった。ギルモア博士はアルベルトの意志を無視して、髪を染めてしまうくらいにはジェットに甘いのだ。
「いいじゃん、いつもとは違うあんたを見たかっただけだよ」
 と笑いながら、猫のように足音をさせないで近寄ってくる。姿見にアルベルトをそっと押し付けて、綺麗な金色に染まった髪を撫でる。
「何色にしたって、やっぱ、あんたイイ男だな」
 アルベルトは一人楽しそうに笑うジェットに手を上げて降参せざる得ない。こんな悪戯を仕掛けるジェットが可愛くて仕方がないのだ。大概、自分でも馬鹿だとは思うが、惚れてしまったものはどうしようもないではないか。それに密着している躯が熱く感じられる。
「で、楽しいのか?」
「うん、すっげぇ楽しい」
 破顔するジェットに逆らえるなら、とっくに逆らっているだろう。躯を密着させ、内緒話をするように甘い声で囁くジェットに反応するなというのが無理なくらいに、アルベルトはジェットに惚れている。
「もっと楽しいことあるの知ってる?」
潤んだ瞳をアルベルトに向けながら、口唇を触れるか触れないかまでの至近距離に近づける。言葉を紡ぐ度に吐息がかかる。それに誘われるように細い腰に腕を回して、ぐっと股間をジェットの股間に押し付けると、ジェットの股間が硬くなっているのが伺えた。
「楽しいことって何だ」
 紙一重の距離を保ったまま、小さな声で囁くとジェットはくくくっと喉を鳴らして笑う。
「金色になってんの。髪の毛だけじゃないってこと」
「?」
「下の毛もキンパツになってるんだぜ。オレのは甘栗色だけど…」
 ジェットのその発言に、お楽しみの意味を悟ったアルベルトは今更どうこう言っても始まらないことを学習していた。博士は学者というより職人肌のところがあって、目に見える部分だけ違う色になっているということが許せない気持ちは分からなくない。そういう人なのだ。
 多分、博士には恥ずかしいとかの感覚はないのだろう。
「だったら、見せてくれよ」
「いいぜ、その代わりあんたのも見せてくれよな」
「ああ、飽きるほど見せてやるぜ」
 とアルベルトはジェットの躯を抱き込むようにして自分とジェットの場所を入れ替えた。自分が眺めていた姿見に痩躯を押し付けると、ジェットのジーンズに手を掛けた。


 もちろん、メンテナンス室の隣にある更衣室は、使用中のランプが夕食の時間まで消えることはなかった。





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