艶やかな月



 アルベルトは独り夜空を見上げた。
 仕事で随分と遅くなったのだ。
 山を越える道路がここ数日の長雨で土砂崩れを起こし、迂回せざる得なくなり、半日近い時間をロスしながらも、社に戻って来たのであった。
 本来ならば、夕刻の早い時間に仕事を終えて帰宅出来るはずが、遅れに遅れて深夜の帰宅となってしまった。
 昼前まで降っていた雨はすっかり上がっていて、涼やかな秋の香りを内包した風が吹いていた。
 そんな夜の中、アルベルトは独り歩いている。
 自分の足音だけが、月の明かりに照らされたこの通りにこつこつと響いていた。
 今日は満月だ。
 そして、明日、いや今日はアルベルトの誕生日でもあった。
 母親から聞いた話しでは、自分は闇の深い夜に産まれたとのことだった。初産で不安だった母親の心を慰めたのは、煌々と照らす満月だったと……。何度も聞かされたわけではないが、13歳の誕生日に初めてそう聞かされた。
 それ以来、九月に満月を見ると自分の誕生日や、まだ自分も子供で両親と大勢の兄弟とで過ごした貧しかったけれども、温かで幸せな家族との生活を思い出させてくれる。BG団に居た頃は、幸せだったことを思い出すこともなかった。
 満月を見ても、ただ、其処に月が見えるとしか認識してはいなかった。
 そう、そんな昔を思い出すようになったのは、BG団から逃れて、ベルリンで独り生活を始めてからのことであった。
 誕生日より一週間も早く届いたジョーからのバースディ・カードによって、封じていたはずの過去の幸せが甦って来た。
 不思議とそれは嫌なことではない。
 ヒルダとのことは、今でも思い出すと辛いけれども、家族との記憶はそれとは異なったものがあった。
 満月を見上げると思い出すのは母親の顔や匂い、抱き締めてくれた時の柔らかな感触だった。
 サイボーグになってから何度目の誕生日を迎えてか忘れたけれども、それでも毎年、九月の満月を見ると母親のことを思い出す。
『お誕生日おめでとう。アルベルト』
 という母親のハスキーだった声が耳元で甦る。
 アルベルトは視線を空の月から石畳へと落とした。
 続く道を照らす月の光は、自分を導いているかのようにも感じられる。
 アルベルトは、月の光を頼りに家路を辿るのであった。
 満月を空に頂きながら……。





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