Very wonderful darling



「なぁ、あの店覗いて来ていい?」
 ジェットは可愛らしく小首を傾げて、俺に問い掛ける。
「ああ、すぐに戻るんだぞ」
「うん、頼んだもんが来るまでには戻るよ」
 これが本当に可愛いんだ。妖精のように体重を感じさせない軽やかな足取りで、オープンカフェの向いにある小さな雑貨屋へと歩いて行く。締まった小さな形の良いヒップが右左に揺れ、赤味を帯びた金髪が陽の光りを受けてキラキラと輝くジェットの背後には、いくつもの視線がまとわりついていた。
 そんな妖精のように美しいジェットと俺は、現在、故国から遠く離れたこの街で生活している。
 実は、嬉し恥ずかし新婚さんというやつなのだ。
 いくつかの都市が候補に上がったが、俺達は一度も暮らしたことないこの街を選んだ。幸い、グレートの知り合いがいて、仕事には簡単にありつけたし、ついでアパートも紹介してもらった。
 築三十年というアパートは家賃の割に、二人で暮らすには十分の広さがあった。その上、家具に家電もついていて、俺達は身の回りの物だけを持って、この街に来ればよかった。
 もちろん来たばかりだから、何かと足らない生活用品がある。
 なので、休日の今日は二人で、生活用品を買いながら、街を散策することにしたんだ。
 で、今は、オーブンカフェでランチにするところなんだが……。ランチを注文した後、ジェットはカフェの向かいにある雑貨屋に心を奪われたらしい。
 まあ、それは別に構わないのだが。
 先刻からジェットに注がれる視線が、感に触る。
 確かに、ジェットは可愛いし、美人だ。
 恋人の欲目を引いたとしても、よく声を掛けられる。
 だから、あまり独りで歩かせたくはない。
 サイボーグなんだし、馬鹿なナンパ男の一人や二人あしらうこともできるんだが、でも、そんな馬鹿な男に触れられてジェットが穢れるのが、俺は嫌なんだ。
 俺というれっきとした恋人と一緒に歩いているのに、数歩離れただけで、ナンパ男から声が掛けられたのは、今朝から数えて、四回だ。
 ウンザリするが、ジェットが可愛いって証拠だから仕方ない。
 しかし、声を掛ける馬鹿は許せん。
 俺は、一向に出てくる気配のないジェットの行動を予測して、ウェイトレスを呼び止めた。
「連れが買い物に行ったんで、急がなくても」
 そういうと、ウェイトレスは察したようで、笑顔で答えるとそれを伝えに厨房へと行ってくれる。途中で買い求めた雑誌の頁を捲りながら、視界の端にジェットの入った店の入り口を常に収めている。
 もちろん、ジェットに何かあったら、守ってやる為だ。
 ジェットは強い部分もあるが、その、恋愛に関してはやたらと臆病な部分がある。俺恋しさに体調を崩す程度には、まあ、自分で言うのもなんだが、惚れてくれているのだ。だからこそ、俺の気持ちがジェットに向いていると伝えることを常に心がけている。
 不安にさせて、あの愛らしい笑顔を曇らせたくないからだ。
 そうこうするうちに、ジェットが胸に大切そうに袋を抱えて出てきた。
 ジェットは後ろを振り返りながら、店から出てくる。
 背後からはにやけた男が何やら、ジェットに声をかけていた。もちろん、肩に手なんかを置いてやがる。
 記念すべき五人目だ。
 ウェイトレスに用を済ませてくるから、と言い置いて、あくまでゆっくりとジェットに向って歩いて行く。
 店から数歩出たところで、ジェットとナンパ男は攻防中であった。
 男は諦めが悪いのか、大きな袋をしっかりと抱えて手が空いていないジェットの髪まで触っていた。
その上、ナンパ男はジェットの荷物を取り上げて、腕を引いて行こうとするではないか。ジェットも相手が生身の人間だから遠慮しているだけってのが、透けて見えるが、男にはそれが分かってはいない。
 しかし、だからといって許せるもんじゃない。
 ジェットに触れていいのは、俺だけだ。
 もちろん、仲間もイイが、ナンパ目的の男など論外だ。
 せっかく綺麗にセットしてやった髪が台無しじゃないか。
 俺は、殺気を隠すことなく男の横に立った。
 もちろん、サングラスを着用である。
 マフィアの幹部みたいだと、笑いながらジェットが買ってくれたものだった。
 しかし、男はジェットを連れて行くのに必死で俺の存在には気付いていない。
 ジェットから取り上げた買い物袋を男から取り上げると、ようやく俺を見た。
「てめぇっ!!」
 途端に柄が悪くなるか、すごすごと引き下がるか、ナンパ男の行動なんてこの程度のバリエーションしかない。まあ、頭が足りないから身の程を弁えずにジェットに声を掛けようなんてするんだろうが。
 この男は途端に柄が悪くなるタイプだったらしい。
「おっさん。邪魔すんじゃない」
 肩で風切ってるつもりだろうが、全然、怖くともなんともない。
 命のやり取りを続けて来た俺達にとっては、ハエが止まった程度でしかない。
「邪魔してるのは、そちらだろう」
 さり気にジェットの腰を抱き寄せ、その髪に大丈夫かとキスを一つ落とした。俺の者だと、目の前のナンパ男だけでなくジェットに視線を送っていた人間全てに見せ付けてやる。
 男の顔が憤怒で彩られる。
 それは、それで楽しい見物だ。
 ジェットは俺に抱き寄せられながらも、俺とナンパ男との間で視線を行ったり来たりさせている。
 そんな困った顔も可愛らしい。
 堪らなく、俺をそそる顔だ。
 耳元に大丈夫だと、囁きを落としキスをすると、はにかんだようにジェットは笑う。それは俺を全面的に信頼していて、任せてくれるとの意味を込めた笑みであった。
「アル」
 小さく囁きを返してくれる。
 男は完全に無視されたのが面白くないのか、懐からナイフを取り出した。
 いかにもという風体と雰囲気だったが、やはりそうだった。
 聊か、煽りすぎたとも思うが、まあ、この界隈でジェットに手を出したらどうなるかというのを知らしめておくにはちょうどいいスケープゴートかもしれない。
 俺はジェットに買い物袋を手渡すと、ジェットの腰を抱いたまま男に嘲るような笑みを浮かべてみせた。自覚がないのだが、そんな笑いをする俺を見ると、仲間だと分かっていても殴り倒したくなるとフランソワーズが言うのだから、他人の怒りを増幅させるにはかなり有効的な表情なのだろう。
 案の定、男の低い沸点に怒りが達したようだった。
 ナイフを振りかざして、襲い掛かってくる。
 この程度のスピード、亀の歩みよりスローに見える。
 俺は、ジェットの腰を抱いていない方の手で男の手首を握った。そのまま力を込めると男の手からナイフが落ちる。
 更に力を込めると、男の顔が痛みで歪む。
「このまま、骨を砕いてやろうか」
 腰を抱いているジェットにも聞こえないくらい低い表情のない声でそう囁くと、男の顔が恐怖に支配される。
 自分は強いと思い込んでいる身の程知らずな連中特有の表情だ。
 そんな顔を見るとつい、残忍な思考に支配されそうになる。片手で人間の腕の骨を砕いたといっても誰が本気にするものか、いっそと考えが過ぎった瞬間、ジェットが俺の名前を呼んだ。
「アル」
 少し心配そうな色を浮かべた青い瞳を見て、俺の殺伐とした思考が平常にと戻っていく。「ああ、心配するな」
 周囲の視線が俺達に当てられていたことに気付く。
 多分、何かあって警察沙汰になることをジェットは心配してくれているのだ。この馬鹿な男に同情しているわけじゃない。
「今度、こいつにちょっかい出したら、本当に腕の骨を砕いてやるからな」
 そう言って男の腕を離すと、男は真っ青な顔をして幾度も頷き、路面に落ちたナイフを拾うと、足を縺れさせながら必死で走っていった。
「アル、遣りすぎ」
 ジェットは、口唇を少し尖らせてそう言う。
 けどな、あんな馬鹿な男がお前に触れたと思うだけで、俺は気が狂いそうだ。しかも、物騒なもんまで持ち出しやかって、俺のジェットに傷がついたらどうしてくれるんだ。
 長い時間を掛けて、自分を振り向かせようとした結果、ジェットは俺に恋煩いするくらいになってくれた。それが原因で、ギルモア博士を抱きこんでの騒動になり、ようやくジェットを手に入れたのだ。
 更に、仲間まで集めて、茶番とさえ思えるような結婚式をしたのだって、俺との関係に消極的になりそうになるジェットの退路を絶つ為だったって、ジェットには言えない。公言してしまえば、ジェットも逃げられない。
 俺がそれだけ、本気だということは十分に伝わっているはずだ。
「甘いくらいだ」
 人目がなければという括弧付きの台詞に、ジェットは困ったような顔をした。
 何だと、更に腰を抱き寄せると、ジェットは耳元で囁く。
「嬉しいから困る。助けに来てくれたアルって、カッコよすぎ……」
 可愛すぎる。
 このまま帰宅して、ベッドに直行してしまいたいくらいだが、ジェットは俺を大人のムードを大切にする男だと思っているから、がっついた真似は出来ないし、見せたくない。
 頬を染めるジェットは通りすがりの人間にも、見せたくないくらいキュートだ。
 このままだと、俺は自分が犯罪者になりそうなので、話題を別方向に振ることにした。
「何を買ったんだ」
 両手に大切そうに抱えている買い物袋を視線で指すと、ジェットは嬉しそうに笑った。
「マグカップと皿。お揃いのやつ……。最初に買い揃えたのじゃ、味気ないかなって思ってさ。せっかく、一緒に暮らすことになったんだし」
 本当に、お前は可愛い。
 確かに、この街に来て、食器と鍋がなくて困った。
 たまたま、越して来た日にアパートの近くでフリーマーケットをやっていて、そこでまとめて買ったのだが、いかんせん、近所の廃業したコーヒーショップのもので、シンプルといえば、聞こえはいいが、デザインもへったくれもないただの白い食器だったからだ。
 おいおい揃えていけば良いと思っていたが、ジェットが二人の新しい暮らしに何というのか、そんな甘い思いを持っていてくれたと知って、俺は感激に震えてしまっていた。
「家に帰ったら、そのマグカップで早速、コーヒーを入れてくれ」
 そう言うとジェットは嬉しそうに笑う。
 とても綺麗な笑顔なのだ。
 ジェットは笑っている方が、ずっといい。
 表情のないジェットも、人形のようで綺麗なのだけれど、俺は好きではない。最初に出会った頃のジェットを思い出させるからだ。
 笑って、泣いて、困っているジェットが俺は好きだ。
「なぁ、アル、ランチにしようぜ」
 ジェットの視線は、もう俺ではなく、オープンカフェに向いていた。
 そして、その視線の先には、俺が好ましいと評した若いウェイトレスが俺達に向って手を振っていた。そして、テーブルの上には、注文したランチが乗っている。
 俺はジェットの腰を抱いたまま、歩き出した。
「コーヒーとデザートは、帰ってからにしよう」
 とジェットに甘く囁やくと、俺のいう遠まわしのベッドへの誘いを察したのか頬を赤らめて頷いた。





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